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早とちり

気が付くとふかふかのベッドの中にいた。しかしまだ起きたくなくてふわふわの掛布団を頭まで被る。あと少しだけ寝かせてくれ。なんだか疲れてるんだ、と誰にするでもなく心中で言い訳をこぼす。自分の体温で暖められた布団の中は気持ち良くてすぐにでもまた夢の世界に旅立てそうだった。由紀はふかふかのベッドとふわふわの羽毛の掛布団の間に挟まれながら、その小さい体をさらに小さく丸めて、そしてだんだんと意識を手放しそうになり……。

――飛び起きた。

なんだこれ! なんだこのベッド! なんだこの部屋!

ガバッと掛布団をはねのけて身を起こす。そして首をぐるりと巡らせて周りを確認すると、なんだか殺風景な部屋に自分はいた。一体全体なんでこんなところに自分はいるのだろうか、と疑問を抱くもすぐにその節に思い当たる。

そうだ。自分は誘拐されたんだ。トイレに連れ込まれて、そして……。

そこから先は何が起こったか覚えていない。トイレの中に連れ込まれる途中で気を失ってしまった。しかしだいたいの予想はつく。そしてもしその予想が正しいのなら、自分が今ここにいるのは……。

由紀は顔を真っ青に染めながら、今の状況をゆっくりと飲み込んでいった。

知らない家のベッドの上にいる自分。殺風景な、まるで男性が暮らしていそうな部屋。そしてなんだか怠い体……。

そうに違いない。自分は誘拐されたのだと確信する由紀。どうしよう、と不安と焦りと恐怖が込み上げてくる。

どうしよう、どうしようどうしようどうしよう。その言葉だけが目まぐるしく頭の中を駆け巡る。碌に解決策も浮かべないで、ただ、どうしようどうしよう、と頭の中で反芻するだけ。冷静さなど疾うに欠けていた。初めて犯罪に巻き込まれ、パニックに陥っていたのだ。

どうしてこう不幸ばかりに合わなきゃいけないんだ。口には出さず独り言ちる。

トラックに轢かれて、死んだと思ったら知らない女の子になっていて、そして今度は――犯されて。挙句の果てには誘拐、監禁。こんなことになるんだったら、トラックに轢かれて、それで終わってて欲しかった。そのまま死んでいたかった。

飛び起きた時の体勢から、だんだん悠里の華奢な体がうなだれて、端正な顔からは表情が消えていく。いつもは活発な印象を抱かせる猫のような大きな瞳からは光が消えて、その眦は下がっている。目尻には大粒の涙が溜まっておりちょっとの衝撃でこぼれ落ちてしまいそうだった。

由紀はこの一週間だけで何度も大きな衝撃を受けてきた。死んで、生き返り、そしたら女の子になってて。普通だったら頭がパンクしてしまうだろうこの現実を、しかし由紀は必死に受け止めてきた。いや、本当は気にしないように、あまり深く考えないように努めていたのかもしれない。だがどちらにせよ、由紀は頑張ってきた。気張って、自分を見失わないようにしてきた。

しかし、この瞬間。由紀の心は少しずつ、崩壊を迎えていた。向き合わないようにしてきた現実が、心にできた罅のわずかな隙間から入り込んで、由紀の心を蝕んでいく。

ふっ、と口から吐息がこぼれた。ぽたぽた、と布団の上に水滴が落ちる。うっ、ふぅ、と押し殺したようなうめき声が部屋に響く。その声をかき消すように、由紀は布団に顔を押し当ててベッドの隅で丸くなった。


どのくらいそうしていただろうか。

スーッと、襖が開く音がした。涙も枯れ泣きつかれて少しうとうとしていた由紀だったがすぐに目を覚まして身を固くする。布団を強く抱き寄せてベッドの隅に寄りながら、空いたドアを息をのんで静かに見つめていた。

入ってきた、というより覗く感じで開いた襖から顔を出してきたのは由紀の予想とはまったく異なる人物だった。てっきりあのおじさんかと思っていた由紀は予想を裏切られて目を丸くする。だって入ってきたのは悠里よりも若い、中学生くらいの女の子だったのだ。その女の子は由紀と目が合うと由紀と同じように目を丸くした。

「……」

「……」

そのままお互い何もしゃべらない。そして見つめあうこと数秒。いきなり、女の子が叫んだ。

「起きたーーー!!!!!」

ひっ、と頓狂な声が漏れる。驚きで体がはねた。女の子の方はというと、由紀を見つめたままにこっとだけして襖から顔を引っ込め姿を消した。

なんだったのだろう。驚きで今も心臓がバクバク言っている。

彼女はいったい何者だったのだろうか。ここがあのおじさんの家だとするとあっちの仲間?だとすると今のはあのおじさんを呼んだのだろうか。

由紀の顔が青ざめていく。まずい。そしたらまた何かされるに違いない。逃げなければ。

少々気持ちに整理がついたからだろうか。由紀は落ち着いてどうにかして逃げ出す算段を企てていた。

さっきまでは混乱して悲観にそまっていた頭の中も透き通っている。しばらく寝たことで体調も回復したみたいだ。

まずは窓があるか確認。あった。カーテンがかかっている。音をあまり立てないように窓際まで行き、カーテンを開けて外を確認する。下までは結構あった。飛び降りられないほどじゃないがおそらく悠里のこの身体じゃあきつそうだ。骨を折ったりなんかしたら逃げられなくなってしまう。ということですぐに別の手段を探す。

この部屋の中に武器になりそうなものは……。あった!

壁に立て掛けてあったあるものをすぐに手に取り、襖の横に張り付く。こっちに近づいてくる足音が聞こえる。

息を潜めて敵が入ってくるのを待つ。

襖はさっきの女の子が開けっ放しにしたまま。

来るなら来いと得物を握りしめる手に力がこもる。

そして、足音はすぐそこまできて――

今だ!!

由紀は思いっきり得物を振りかぶり、殴り掛かった。

「うおっ!あっぶねえ!」

「お兄ちゃん!」

しかし相手はなんとそれを寸でのところで躱してこっちと距離を取った。

しまった!

まさか躱されるとは思っておらず力いっぱい振り下ろした由紀はそのまま前につんのめり、相手の前に無様にも転び出る。

まずい!

そう思った時にはもう遅い。由紀が持っていた金属バットは相手に取られ、さらに由紀は上から押さえつけられた。

「あぶねぇじゃねか!!」

うつぶせに押さえつけられたまま相手は由紀の頭上で怒鳴る。失敗した。ああ、もうだめだ、と絶望が押し寄せてくる。抵抗仕様にも相手の力が強すぎて動けない。ついにおしまいだ。そう思うのと同時に、由紀は何か違和感を感じていた。

おじさんにしてはなんだか声が若いような?それに「お兄ちゃん」ってなんだ?

おいお前、と頭上から声がかかる。

「何か勘違いしてるっぽいから言っとくけど、あの変態からお前を救ってやったのは俺だぞ」

へ、と間抜けな声が口から漏れた。救ったとはいったいどういうことだろうか。

いやー危ないところだった、などと一人うなずきながら、なおも由紀を床に押さえつけたまま相手は続ける。

「だからもう安全ってことだから殴ってくんなよ」

そう言い終わると同時に由紀を押さえつける力が弱まった。相手が由紀の上から退くのに合わせて由紀自身も床を這って相手と距離を取る。そして振り返って敵だと思っていた人の顔を見ると……。

「だれ!!!」

由紀と同い年くらいのなんか怖そうな顔の人がいた。見た目だけだと着崩した学生服も相まってまるで不良だ。いや、もう不良なのではないだろうか。

思わずスススと後退する。

すると彼は呆れた顔をしてため息を吐いた。

「だぁから俺は怪しいヤツじゃないって」

彼も困っているのか眉を寄せてそう言う。

しかしヤンキー座りに加え由紀から取り上げたバットを肩に担いだその姿は明らかに怪しいヤツだった。


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