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『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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エピローグ2(最終話):潮騒の約束と、家族の帰還

見渡す限りの青い空と、太陽の光を反射してきらきらと輝く水平線。


潮の香りを乗せた風が、賑やかな海沿いの通りを優しく吹き抜けていく。


聖都ルメンティアから遠く離れた、海に面した辺境の都市。


立ち並ぶ屋台からは、海鮮を香ばしく焼く煙が立ち上っていた。


「……これ、うまいな」


ネロは黒シャツの袖をまくり、手にした串焼きを頬張った。


隣を歩くフィオーネが、潮風に揺れる艶やかな黒髪を片手で押さえながら、小さくうなずく。


「そうだな」


今日の彼女は、いつもの隙のないスーツ姿ではない。


白いワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織り、足元は歩きやすい靴を履いた、柔らかな休日の装いだった。


ふと、屋台に並ぶアクセサリーにネロの視線が止まる。


「あ、なぁ、フィオーネ。これ、似合うんじゃないか?」


ネロが手に取ったのは、小さな銀色の飾りがついたネックレスだった。


フィオーネは少しだけ目を見開いてそれを見つめ、静かにうなずいた。


「……そうか? お前がそう言うなら、身につけようか」


すると、屋台の店主がネロの方へ身を乗り出し、こっそりと耳打ちをした。


「……お連れさん、もしかして不機嫌なんですか? 旦那ぁ」


フィオーネの顔は相変わらず無表情で、冷たい美しさを保っている。


彼女は店主の言葉を耳にしても顔色ひとつ変えず、淡々と答えた。


「……気にするな。いつもこういう顔だ」


「……すいません……」


ネロは店主に苦笑いをして頭を下げると、フィオーネの手をそっと引いて歩き出した。


「……もしかして、ここ、お気に召しませんでした?」


「ん? なぜだ? 海も綺麗だし、料理も美味くて、いい都市じゃないか」


「いや、なんだか、ずっと不機嫌そうな顔してるし……」


「何を言うかと思えば……私の顔は昔からいつもこうだろ」


「まぁ……そうなんですけど……」


ネロが苦笑しながら視線をさまよわせていると。


繋いだ手から、ギュッと強い力が伝わってきた。


「……それにな……私は、お前の隣にいるだけで満足なんだよ。……今も、昔も……」


少しだけ顔を背け、透き通るような耳の裏を真っ赤に染めながらぽつりとこぼす。


その破壊力に、ネロの顔が一気に熱を持った。


「…………っ」


「なんだ? 顔が赤いぞ。まさか、照れたのか?」


「……いや、そんな堂々と言われたら、普通照れるだろ……」


「……ふふっ。私に照れてくれるなど、お前くらいだろうな……」


フィオーネは、ネロだけに向ける、ひどく柔らかく甘い微笑みを浮かべた。


自分だけに向けられるその無防備な笑顔に耐えきれなくなり、ネロは照れ隠しに彼女の手を強く引き、人通りの少ない海沿いの木陰へと逃げ込んだ。


* * *


海を見渡せる、静かなベンチ。


二人が腰を下ろすと、少し離れた白い砂浜で、小さな子供を連れた家族が楽しそうに追いかけっこをしているのが見えた。


波の音に混じって、子供の笑い声が聞こえてくる。


フィオーネは、その光景をまじまじと見つめていた。


「……フィオーネって、実は子供好きか?」


「ひぁっ!?」


急に横から顔を覗き込まれ、フィオーネが変な声を上げて肩を揺らした。


「……なんだ、今の聞いたこともないような声は……」


「……い、いや。まさか気づかれるとは思っておらず……」


「……何を今更。前のカフェでも、ああいうのに憧れがあるって言ってたじゃんか」


ネロが笑うと、フィオーネは膝の上で両手を組み、海風に目を細めた。


「……そうだな……。ああやって家族を持ち、子供を育てて……平和そのものじゃないか……」


「……そうか? 割と姉弟喧嘩とか、激しいもんだぜ……」


昔の記憶を思い出し、ネロが肩をすくめる。


「……そういう喧嘩も、誰かがいるからこそ出来るものだ……」


「……まぁ、フィオーネは良いお母さんになれるよ。きっとっ!」


ネロが太鼓判を押すと、フィオーネは頬杖をつき、海を見つめたままぶつぶつとつぶやき始めた。


「……それは相手がいれば、の話だろう……」


「貴女ッ!? 俺がいるじゃないのっ!!」


ネロが急に、大げさに身振り手振りを交えて芝居がかった声を出す。


「……何も、お前の人生すべてを縛る気なぞない……」


いくら私でも、そこまで重くて面倒な女にはならないつもりだ。そう言わんばかりに、フィオーネは少しだけ視線を逸らし、至極真面目な顔で返した。


「……俺とは、遊びだったの!?」


「……遊びでもない……」


照れ隠しで律儀に答える彼女に、ネロは「何を今更遠慮してんだよ!」とばかりに、さらに大仰な身振りで追撃をかける。


「あんなに愛し合ったのに……?」


ネロがじっと見つめると、フィオーネの顔が首すじまで一気に沸騰したように赤く染まった。


「!?!?」


最終決戦の前夜。


「女として抱いてくれないか」という彼女の悲壮な願いを、ネロは戦いがすべて終わった後にしっかりと叶えていた。


その夜の熱と記憶を思い出したのか、彼女の瞳が激しく泳ぐ。


「あらやだ、可愛い〜」


「からかうのもいい加減にしろ……! 確かに今は恋仲ではあるが、私は何も、お前の未来のすべてを貰うつもりも、その予定もない……」


真っ赤な顔で必死に強がる彼女。


「……なるほど……」


ネロがわざとらしく納得したようにうなずく。


「……ああ……」


フィオーネが、どこか少しだけ寂しそうに目を伏せた。


「……んじゃぁ、先に予約しておこうかな」


「……予約? なんだ? 帰りの店でも予約して……」


言いかけたフィオーネの言葉が、止まった。


ネロがベンチから立ち上がり、彼女の目の前で片膝をついたのだ。


彼の開いた手のひらには、銀色に光る小さな指輪が乗っていた。


「……お、おい!?」


ネロは、動揺して固まるフィオーネの左手をそっと取り、その薬指にゆっくりと指輪をはめた。


「……ベラとシオンの一回忌が済んだら、結婚しよう。フィオーネ」


真っ直ぐな、一点の曇りもない漆黒の瞳。


「……!? ……わ、わた……私なんかで、良いのか……?」


いつも冷たい仮面をかぶっていた彼女の目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「フィオーネがいいんだ……」


「……私で良ければ……喜んで……」


涙でぐしゃぐしゃになった顔を近づけ、二人はそっと、重なるようにキスをした。


「ああ……幸せにするよ……フィオーネ」


「……ネロッ!」


フィオーネがネロの胸に飛び込み、二人は強く抱きしめ合った。


潮騒の音が、新しく結ばれた二人を優しく包み込んでいた。


* * *


二週間の休暇が終わり。


夕暮れ時。聖都ルメンティアの中級居住区。


赤レンガの自宅の前に戻ってきた二人は、大きく息を吐き出した。


「あーあ……明日から仕事かぁ……」


ネロが首を回しながら伸びをする。


「ま、そう言うな……疲れたら、私で良ければいつでも癒やしてやる……」


「あら、やだ……さすが未来の奥様……」


「……やめろ……照れる……」


ネロが笑って彼女の頭を撫でる。


玄関の前に立つと、扉の脇に、見慣れた鈍色の箱が置かれていることに気づいた。


「……!!!!」


「……モー……ディ!!?」


フィオーネの声に反応し、その鈍色の箱からカチャカチャと音が鳴り、一つの赤いカメラアイが光を放った。


『いやぁぁぁ、すんごいお久しぶりですぅぅぅ! 僕が寝てる間、大丈夫でした〜?』


「……お前……完全に壊れたんじゃ……?」


『やだなぁ、死ぬわけないじゃないですかぁ! 僕は機械ですよ、機械〜。時間はかかりましたけど、レイン局長が寝る間も惜しんで復元してくれたんですぅぅ! すごいでしょぉぉ!』


無邪気な電子音が、夕暮れの街路に響き渡る。


「……モーディ……」


フィオーネの目から、再び涙があふれ出した。


『……ご心配をおかけしましたね……フィオーネ様……。あの時、貴女を護れて、本当に良かった……』


「……ありがとうな、ほんと……お前は約束を守るやつだって、信じてたよ」


ネロがしゃがみ込み、鈍色の機体を優しく撫でる。


『いやぁ、そうでしょぉ! 義理堅いロボだってよく言われるんですよぉ……!!』


「……ふっ……約束と言えば、あの時の約束も護ってくれるんだな……」


フィオーネが涙を拭いながら、くすりと笑う。


『……なんでしたっけ……?』


「……ん? ネロと私との間に子供ができたら、面倒見てくれるって……」


『……すいません……映像は覚えてるんですが、音声記録までは復元できなくって…………って!? ええ!? なんですと!? 僕が寝てる間に、お二人そんな関係に行くとは思ってましたけど、もうイッちゃったんですかぁぁ!?』


「声がデカい声がデカい!!」


ネロが慌てて機械のスピーカーを塞ごうとする。


『いやぁ……フィオーネ様は昔からマスターをやらしい目で見てるのはわかってましたけど……そうですかぁ……ついにマスターの理性も無事に崩壊したと……めでたしめで……』


「……この……」


フィオーネが顔を真っ赤にして、殺気を放つ。


『ひぇ……』


金属の脚を震わせる相棒を見て、フィオーネはふっと力を抜き、優しく微笑んだ。


「……おかえり、モーディ」


「……あぁ……おかえり、モーディ」


『………ただいま……戻りましたぁぁぁぁぁ!!!』


モーディがガシャガシャと脚を鳴らし、二人の足元に飛びついてくる。


これから、この二人と一体は何があっても、その絆が壊れる事はない。誰もがそう確信していた。


夕飯の準備をすると言って、フィオーネとモーディが先に家の中へと入っていく。


一人残されたネロは、オレンジ色に染まる夕焼けの空を見上げた。


「……ホント、良いもんだな……家族ってさ……」


独りぼっちになった時の寂しさと絶望。


それを救い、共に乗り越えてくれた愛する女と、騒がしい相棒。


これから増えていくであろう新しい家族の姿を想像し、ネロは確かな幸せを噛み締めた。


これは、絶望の果てで、もう一度家族を手に入れた者たちの物語。


Fin


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