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『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第五十五話:決着の誓いと、開戦の狼煙

テレビの青白い光だけが、薄暗いリビングの空気を淡く染めている。


何も身につけず、退路を断った覚悟を瞳に宿すフィオーネ。


その静かで圧倒的な圧力を前に、ネロはソファから弾かれたように立ち上がり、数歩後ずさった。


「な、なに急に変なこと言ってんだよ」


動揺で声が上擦る。


だが、フィオーネは恥じらいで視線を逸らすどころか、火傷しそうなほどの熱を帯びた瞳で義弟を真っ直ぐに見据えた。


「……っ! 変なものかっ! 何が変だと言うのだっ!!!」


張り詰めた気迫。


それに当てられ、足元の多脚機がモノアイの光をけたたましく点滅させる。


『で、ででで、ではあとは若いお二人で……ということで……』


室内の異常な温度を察知したモーディは、金属の脚を忙しなく動かし、暗がりへと逃げるようにリビングから退室していった。


カチャリと扉が閉まる音が、部屋の静寂を一層深める。


二人きりになった空間。


フィオーネは白い顔を微かに伏せ、その端正な輪郭に色濃い怯えの影を落とした。


「……怖いんだ……お前が居なくなってしまうかもしれないことが……だから、せめてお前との思い出が欲しいんだ……」


震える彼女の肩先を見つめ、ネロはゆっくりと歩み寄る。


そして、互いの吐息が触れる距離で立ち止まり、静かに声を落とした。


「……俺もフィオーネを失う事は怖いよ……これからもずっと隣に居て欲しい……そう思ってるよ……」


その言葉に、フィオーネが弾かれたように顔を上げる。


「……じゃぁっ!」


一歩踏み出そうとした彼女の華奢な肩を、ネロは伸ばした腕で、きつく、そしてひどく優しく抱きしめた。


素肌に触れる青年の確かな体温。


「でも、もう少しだけ待っててくれ……もう少しなんだ……もう少しでセリアと……セリアと話が出来る気がするんだ……」


過去との決着を目前に控えた青年の重い覚悟。


彼の腕の中に包み込まれ、フィオーネは微かに身体の強張りを解いて呟いた。


「……そうか……」


ゆっくりとネロの腕の中から身を離そうとし、自らの早計を悔いるように視線を落とす。


「……私もこんな時に無理を言ってすまない……」


「……いや、いいさ。だから、今はこれくらいで勘弁してくれよ」


ネロは彼女が完全に離れることを許さず、その細い腰を再び引き寄せる。


重なる視線が静かに絡み合った直後、彼女の震える唇に、そっと軽い口づけを落とした。


「!?」


驚きに見開かれた瞳を間近に見つめ、ネロはいつもの少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「これ以上の先はあとのお楽しみにとっといたほうが、最後の最後って時に踏ん張れるだろ?」


熱に浮かされたように赤く染まった頬を隠すこともできず、フィオーネは甘く掠れた声でこぼした。


「……バカ」


「バカで悪かったな」


青年の体温が、彼女の冷たかった不安を完全に溶かしていく。


ネロは再び彼女の身体を深く抱き寄せ、今度は息すらも共有するような、長く、深い口づけを交わした。


少し開いたリビングの扉の隙間。


暗闇の中から、モノアイの光を極限まで絞ってその光景をこっそり覗き見ていたモーディは、内部回路で静かに演算を巡らせていた。


(……四年の歳月は、マスターにとってもフィオーネ様にとっても、欠かす事ができない時間だったようですねぇ……。マスター……いえ……ネロくん。キミはあの何もかもを失った日々を経て、本当の意味での家族が出来ましたよ……)


ただの冷たい箱であるはずの機械。


だが、そのシステム領域の奥底には、四年間、友として、そして相談役として彼らに寄り添い続けてきたAIにしか持ち得ない、確かな温かな感情が宿っていた。


* * *


二日後。


聖都ルメンティアの中央塔、管理総監室。


重厚な防音扉の前に立ったフィオーネが、短く声をかける。


「失礼します」


「入れ」


ガロの低く重たい声に応じ、扉が開かれる。


「失礼しますっ!」


総監室の中には、ガロの他に、白衣姿のレイン、眼鏡を押し上げるアロンゾ、純白のスーツを着こなしたルカ、そして松葉杖をついて窓際に立つカルロの姿があった。


都市の防衛と暗部を担う中枢メンバーが、一堂に会している。


「フィオーネくんの頼み通り、全員集めている。それで報告したい内容とは、やはり……」


ガロの静かな視線を受け、ダークスーツに身を包んだフィオーネが一歩前へ出る。


「はい……モーディ!」


『あいさーっ!』


足元に控えていたモーディがモノアイをピコピコと明滅させ、部屋の中央へ鮮明なホログラムマップを放射した。


赤く点滅する光点が、地図の北側の一点を示している。


『都市の北側に広がる汚染区「ヴォイド・ジャングル」の最深部にある放棄された過去の遺物、通称『灰の城塞カステッロ・チェネレ』と呼ばれる建物がやつらのアジトである可能性が99%ですっ!』


「でかしたっ!! そうときまりゃぁ、俺の第一部隊と生き残った第二部隊を引き連れて掃討作戦だっ!!」


カルロが松葉杖をつきながらも、猛獣のような獰猛な笑みを浮かべて身を乗り出す。


「……解析早かったですねぇ……おかげでモデレーター試作機の修復が間に合わなかったですよ」


レインが眼鏡の奥の瞳を細め、少し悔しそうに呟く。


ガロは組んだ手の上に顎を乗せ、即座に指示を下した。


「……アロンゾ、沈黙の灰を黙らせに行く。お前は第三で街の防衛に回せそうな奴を集めておいてくれ」


「承知致しました……既に彼らには声はかけております……」


アロンゾがタブレット端末を操作しながら淡々と応じる。


「よし……出発は明朝だ……連中に一泡吹かせてやろうぜ……」


ネロが漆黒の瞳に静かな闘志を宿して告げると、純白のスーツを着たルカが歩み寄り、温和な笑顔で右手を差し出した。


「ネロ君……フィオーネ君……武運を祈るよ……」


それは非戦闘員であり、今回の作戦に大々的に参加できない調律官としての、せめてもの応援の意だった。


「……ありがとうござい……」


ネロがその手を握り返そうとした、その時だった。


「失礼します!!!」


バンッ、と。


総監室の扉が血相を変えた第一部隊の隊員によって乱暴に開かれた。


「何があった!!」


事態の急変を予測していたガロが、鋭い声で問う。


「はっ!! 聖都の壁から前方十キロ地点に統率が取れた魔獣の集団と……第二部隊の亡くなられた方と思われる異形が、こちらに前進しておりますっ!!」


ドンッ!!


カルロの巨大な拳が、壁を激しく殴りつけた。


「くそったれ!!」


「……やつらの規模は? あとその集団の中に真紅の髪の女と巨漢の銀髪の男は居たか?」


ガロの冷静な確認に、隊員が息を切らせて報告する。


「……規模は大型魔獣が数十体と異形部隊が百体程度です……その中に報告書にあった真紅の髪の女と銀髪の男はおりません……」


アロンゾが瞬時に端末を叩き、待機させていた部隊へ迎撃の指示を飛ばし始める。


「私は広報に一般市民用の情報を操作するように伝えます……決して壁の外には出ないようにと……」


ルカが温和な笑みを完全に消し去り、足早に総監室から走り出ていく。


「……どう見たって陽動じゃねぇか……」


カルロがギリギリと奥歯を噛み鳴らし、忌々しげに窓の外の空を睨みつけた。


ガロは深く、重たい溜息を一つ吐き出す。


「……ネロ……どうやら連中はお前が最後の壁だと思っているようだ……」


「……わかっています………なら、こっちから出向くまでです……」


ネロの声音に迷いはなかった。


「ガロ総監、私もネロの援護に回ります」


『ぼっくもついていっちゃいますよぉぉ~』


フィオーネが一歩前に出て進言し、モーディもガシャガシャと脚を鳴らす。


ガロはゆっくりと立ち上がると、ネロの前に進み出た。


そして、その分厚く大きな手で、青年の腕を力強く掴み取る。


「……どうせ止めても無駄なことはわかっている……ネロ……フィオーネを……娘をお前に任せたぞ……」


鉄血の最高権力者としての顔ではない。


ただ一人の父親としての、切実な願いだった。


「……はい、任せてください」


「ネロッ!!? 総監っ!! 何を言ってるんですか!! そもそも総監には奥様と十五歳の娘さんがっ!!」


突然「娘」扱いされたことに、フィオーネが顔を真っ赤にして慌てふためく。


「だから何だと言うのだ。フィオーネ、お前は私達夫婦にとって長女みたいなもんだ……カルロもネロも、そこにいるレインも……そして死んだシオンもな……家族の無事を祈って何が悪い?」


威厳に満ちたガロの言葉。


『……血の繋がりだけが家族の証明ではありませんよ……その想いが本物であれば……』


モーディの静かな電子音が、その言葉の重みをそっと補足する。


レインもうんうんと頷きながら、眼鏡を押し上げた。


「……総監、普段からお堅いですからね………だから、ネロ君もフィオーネもモーディも全員無事に帰ってきてくださいよ? そのために、今回特別に技術局で開発段階だった全ての兵器を解放して街の防衛に全力を尽くしますからっ!!」


「終わったら、祝杯あげようや! ネロも一緒になっ!」


カルロが松葉杖を掲げ、獰猛な笑みを浮かべて送り出す。


「……はいっ!!!」


「……わかった……その時は総監も一緒に……」


フィオーネもようやく照れを引っ込め、深く頷いた。


「あぁ……楽しみにしているよ」


ガロの力強い眼差しに見送られ、ネロたちは身を翻す。


都市の防衛を仲間たちに託し、彼らは敵の本丸――『灰の城塞カステッロ・チェネレ』へと軍用車を走らせるのだった。


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