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『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第三十六話:白灰の標と、沈黙を破る決意

エンジンの低く重たい音が、車の床から規則正しい振動を伝えてくる。


荒野を疾走する装甲車の運転席で、ハンドルを握るフィオーネが前方の景色から目を離さぬまま、ポツリと呟いた。


「しかし……『沈黙の灰』か」


「……灰?」


助手席で窓枠に肘をつき、流れる灰色の荒野を眺めていたネロが、視線を義姉へと向ける。


「あぁ。奴らの組織名だ。魔獣の『灰色の光』の力を使う不気味な連中。そして、徹底して沈黙を守り続け、暗躍していることからついた名らしい」


「……なるほどな。そりゃ洒落た名前をつけたもんだ」


ネロの口角が、ゆっくりと歪な弧を描いて吊り上がる。


漆黒の瞳の奥で、灰色の光が火花のようにチカチカと明滅し始めていた。


「……なら、その沈黙してる口、俺がこじ開けて割らせてやるよ」


いつもの穏やかな青年の面影は微塵もない、酷く冷たい笑み。


その危うい横顔を横目で捉え、フィオーネはハンドルを握る指先が白くなるほど強く力を込めた。


「……あまり力を使うなよ、ネロ。もし、お前がウイルスの力に呑み込まれたら、その時は私は……」


ギリッと、彼女の奥歯が鳴る。


言葉の先を紡げない彼女の震えを、後部座席でスリープモードに入っていたはずの多脚機が容赦なくいじり倒した。


『また独りぼっちになっちゃうぅぅぅ、ですかぁ? いやぁ、随分としおらしくなりましたねぇ! かつては局内で「氷の鬼」と恐れられていたフィオーネ様がぁ!』


「……お……おいポンコツッ」


図星を突かれ、フィオーネから放たれる肌を刺すような冷気が、車内の温度を急激に下げる。


彼女が片手で腰の剣の柄に触れようとした、その時だった。


「……大丈夫だよ。俺が、フィオーネを独りにするわけないだろ」


殺気を帯びた空気を、ネロの穏やかで真っ直ぐな声がスッと溶かしていく。


「……っ……」


フィオーネの動きがピタリと止まる。


「……おい、急にそういうことを言うな……」


フィオーネはコホンとわざとらしく咳払いを一つして、視線を前へ戻す。


乱れた呼吸を誤魔化すようにハンドルを握り直していたが、透き通るように白い首筋から耳の先までが、隠しようもなく真っ赤に染まっていた。


* * *


防衛宿場村カンポ・ロッソ。


猟兵たちの集まる酒場『錆びた牙』の奥の間に通されたネロたちを、片目に義眼を嵌めた筋骨隆々の男が腕を組んで待ち構えていた。


「よぉ、待ってたぜ」


「わざわざ呼び出したんだ。何かわかったのだろうな、ルッジェーロ」


タイトなダークスーツに身を包んだフィオーネが、冷徹な声で切り出す。


「あぁ。奴らのアジトの場所だ」


「……ほう」


フィオーネがニヤリと、薄く好戦的な笑みを浮かべる。


ルッジェーロは古びたテーブルの上に、一枚の広域地図をバサリと広げた。


「ここだ。ここ周辺に、あんたらが持ち込んだ装甲の欠片と『同じレベルのモノ』を付けた連中が、何人か出入りしているのを見つけた」


太い指が叩きつけたポイント。


そこは、聖都から東方へ大きく外れた管轄外のエリア――『白灰の峡谷ホワイト・キャニオン』。


「……あいつらが、そこに……」


ネロが地図を見下ろした瞬間。


部屋の空気が、見えない重しを乗せられたようにギシッと軋み始めた。


テーブルの上に置かれたネロの両拳がギリリと鳴る。


漆黒の瞳の奥で、ひどく濃い『灰色の光』が明滅し、黒シャツの下で腕の筋肉が不自然に盛り上がっていく。


明確な殺意が、部屋全体を押し潰そうとしていた。


「……おい、兄ちゃん」


ルッジェーロが、極めて静かな声で牽制する。


その太い腕は、すでに背負った大斧の柄にピタリと添えられていた。


「ここは別に敵のアジトじゃねぇんだ。そんな殺気立つな」


「……あ」


ネロはハッとして我に返り、スッと肩の力を抜いて深く息を吐いた。


「……わりぃ。殺気立ってたか、俺?」


「そりゃあもう。若いのになんて気の立て方してやがる。お前さんのことを事前に知らなかったら、とっくに武器を抜いて構えてるぜ」


ルッジェーロがやれやれと義眼を細め、大斧から静かに手を離す。


『観測……先程のマスターの殺気、対装甲戦棍グレート・メイス起動直前と同レベルのプレッシャーでしたよぉ……』


モーディが足元でそっと電子音を漏らす。


「……よくやった。これが約束の報酬だ」


フィオーネがダークスーツの内ポケットへ手を差し入れる。


タイトな生地が引っ張られ、胸の曲線が窮屈そうに軋んだ。


コトリ、とテーブルに置かれたのは、極めて純度の高い魔核オイルが入った小さなシリンダー


「ありがたく頂戴するぜ。……にして、あんな連中に挑もうってのか? 命がいくつあっても足りねぇぜ?」


ルッジェーロが筒を鷲掴みにしながら、忠告めいた言葉を投げる。


「……ほう。さすが荒くれ者どもの棟梁だ。連中とは違って、少しは気が利くようだな」


フィオーネが冷ややかに鼻で笑う。


「……おい、フィオーネ。口が悪いぞ」


ネロが咎めるように視線を向けると、モーディがガシャガシャと脚を鳴らして間に割って入った。


『まぁまぁ、マスター! あれはフィオーネ様なりの気遣いなんですよぉ。心配してギルドの連中が付いてきても、足手まといになって無駄死にさせちゃいますからねぇ! わざと突き放してるんですっ!』


「…………っ」


隠していた不器用な優しさを最新鋭のAIに完璧に翻訳され、フィオーネはギロリと足元の機械を睨みつけた。


「……適当なことを言うなポンコツ。私はただ、事実を述べたまでだ」


ルッジェーロの手前、なんとか「氷の上官」としての冷徹な声色を保とうとするフィオーネ。


だが、気まずそうに視線を逸らしてスーツの袖口を直す彼女の耳の裏は、誤魔化しようもないほど真っ赤に茹で上がっていた。


「……ま、心配したところで、俺たちが付いていけるわけもないがな。さすがに命あっての物種だ」


冷徹な仮面の下に隠された不器用な素顔をどう解釈したのか、ルッジェーロはニヤリと獣のように笑って肩をすくめた。


軽口の応酬を終え、ネロたちは『錆びた牙』の重い木扉を後にして、カンポ・ロッソの雑踏へと歩き出す。


空には、冷たい風に乗って薄暗い雲が広がっていた。


向かうは聖都から東方、管轄外の『白灰の峡谷ホワイト・キャニオン』。


猟兵さえも近づかない、断崖絶壁に囲まれた死の領域。


「……待ってろよ」


ネロの呟きが、周囲の喧騒を切り裂いて冷たく響く。


「ベラ……お前の仇、もうすぐ討てるからな……」


一切の感情を削ぎ落とした、冷たい決意。


フィオーネは何も言わず、ただ静かに寄り添うように、愛する義弟の隣を歩き続けていた。


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