俺くんは国際交流委員7「いつまでも子どものままではいられない」
近所の奥様方のうわさ話。
「あのヘンタイ高校生男子。ほら、みんなから『俺くん』って呼ばれてる子、いるでしょ。」
「あぁ、あの子。あの子が、どーしたの?」
「(小声で)とうとう、やってしまったらしいのよ。」
「エッ、なに? 何か、やらかしたの?」
「ええ、やっぱりやらかしたらしいの。それがひどいのよ。」
「何がひどいの?」
「これが、もう、筆舌に尽くしがたいとは、まさにこのことね。あの子、エロオヤジだったの。」
「ちょっとあなた、それは、まとめすぎて、意味が全然わからないわ」
「アッ、私、まとめすぎちゃった?」
「まとめすぎよ。簡潔にも、ほどがあるわ。」
「ごめんなさい。簡単に言うと、俺くんが委員長に、セクハラをしたらしいの。」
「セクハラ!」
「えぇ、セクハラです。」
どうやら俺は、近所で性犯罪者として認定されていたようだ。
そもそも会話が、初めから、「ヘンタイ俺くん」で始まってるじゃん!
お父さん、お母さん。
いままで育ててくれて、ありがとうございました。
これは非常に悲しむべき冤罪ですが、この疑いを晴らす手だてが、俺にはありません。
人は、一度こうだと心に思うと、なかなかそれを変えることはできない生き物ですから。
これから俺は旅に出ます。
このままここにいては、お父さん、お母さんにご迷惑をお掛けすることになります。
二度と戻らぬ覚悟です。
いままでの親不孝をお許し下さい。
それではお元気で。
さようなら。
※以上、妄想である。
「今の説明は、とても分かりやすかったです。その調子で、続きをお願いします」
「俺くんが委員長にセクハラをしたらしいのですが、その詳細は不明なのです」
「……それは困りました。いちばん面白そうなところが聞けないのは、とても残念です」
「アラ、ごめんなさい。私、そーゆーつもりで、あなたに話したわけではないのですよ。それでは極秘情報を開示します」
「(ゴクリ)」
「私の情報だと、あのヘンタイ高校生男子俺くん、まだ出会ったばかりのクラスメイトに、露出したらしいわよ。自らのキタナラシイモノを」
「マー、何てことを!」
「ホント、そんなことするよーには、見えなかったんだけどねー。人は見かけによらないって言うけど、ホントそーね」
「それにしても、どーしてそんなことしたのかしら? ……高校生男子特有のアレかしら」
「そーねぇ、アレしか考えられないわねー」
「アレよねー」
以上、近所の奥様方の会話だ。
※以上、妄想である。
ところで、「アレ」ってなぁに?
相変わらず風呂の中で思索を続ける俺。
さすがにそろそろふやけつつあるが、もう少しおつきあい願いたい。
俺は、街で見かけた女子たちのことを思い出していた。
中学の時はサエなかったのに、今日の彼女たちは、まるで違って見えた。
真新しい高校の制服を、大人っぽく着こなしている。
髪も整え、薄く化粧をしている。
彼女たちの街を歩く姿は、颯爽としていた。
背筋を伸ばし、胸を張り、華があった。
彼女たちは、高校入学前の春休みに、せっせと自分磨きをしていたのだ。
新しい人間関係を築くために。
新しい世界を開くために。
それに対して、俺はどうだ?
何か努力したのか?
たしかに受験勉強はそれなりにやった。
その結果、志望校に合格した。
でも、それだけではないか。
安穏と、春休みを過ごしていなかったか?
そんなことまで考えさせられた、彼女たちの変身ぶりだった。
俺は何かを胸に突き付けられたような気がした。
いつまでも、子供のままではいられない。
こんなふうに、今日という日の長~い反省会も無事終了することができた俺は、首もとまで浸かっていたお湯の中にそのまま沈んでみた。
ブクブク……いつまで息がつづくかな?
童心に戻る男子高校生。
遠くから、何やら聞こえて来る。
なにぶん、お湯の中なので、はっきりとは聞こえない。
しかし、とても懐かしい声のような気がする。
俺は潜水遊びを諦め、この世に浮上した。
「アンタ、いったいいつまで風呂に入ってんのー! いい加減にしなさい! 」
母の強めの声が、浴室のドアの向こうからはっきりと聞こえた。