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俺くんは国際交流委員21「アロハの誤解」

昼休みは一時いっときの解放感が味わえる時間だ。


弁当を食べ終えた俺は、自分の席で頬杖をつき、ボーっと外の景色を眺めていた。

血糖値が上がっているのが自分でもわかる。

あたたかな、いい日和ひより

空の青と海の青が二層系を保ち、白い船が浮かんでいるのが遠くに見える。

ちょっと、うとうとしてきた。


突然、俺の左側から言葉が掛けられた。

「ナニ ミテンノヨー」(日本語)


我に返った俺が慌ててその声の持ち主を確認すると、やはりアロハだ。

アロハしかいない。


アロハがにらんでいる。

怒っている?

なんで?


「アロハヲ ジーット ミテタ スケベ」(日本語)


突然の言いがかり。

誤解だ。


確かに俺はスケベである。

それは否定しない。

しかし、いま、この教室という場所で、スケベを発揮する俺ではない。

そんな器量を、俺は持ち合わせていない。

スケベは、己の部屋の中で、夜間にこっそり発揮されるものだ。

その程度の常識は、俺にもある。


この子はいったい、何を言い出すのだ。

突然の事に、動揺が止まらない。

再び言う。

大変な言いがかりであると。


アロハは腕組みをして、相変わらず俺をにらんでいる。

(その腕組みによって強調されているモノがあることは、口が裂けても言えない)

汚らわしいものを見る嫌悪の目。

駅で初めて会った時以来だ。

「やぁ、久しぶりー」というおふざけが全く許されない雰囲気で、彼女は俺を見据えている。

いつの間に俺は、そんなにケガレてしまったの?


無実の者が罪を着せられ、自分でもイケナイことをしてしまったかもしれないと思い込んでしまう感覚に、この時の俺は危うく陥りそうになった。

(たしかに今、アロハの胸に自分の目線が下りて行くのを必死に止めているのは事実だが)


危ない。

俺の目線よ、下に行くな!

俺は無実だ!


自分でも多少焦ってる感はあったが、この事実を何とかアロハに伝えなければならない。

俺は無実であることを!


そこから、つたない英会話が始まった。

つくづく自分の英語力のなさにがっかりする。

「アロハを邪悪な目で見ていたと言うが、俺は景色を眺めるのが好きで、よく無意識にボーっと外を眺めている。これは、中学時代に勉強のし過ぎで(ウソ)視力が急激に低下したため(これはホント)、その改善策として遠くを眺めて目を休ませているのだ(これもホント)。それに、外の景色を眺めるのは、授業や勉強に疲れた俺の気分転換でもある。(これもホント)

それをアロハは勘違いして、ヨコシマな気持ちで自分をじーっと見つめているイヤラシイ男と認識したようだが、それは誤解だ。アロハの席は俺の左側にある。そしてアロハの左には、すがすがしい景色が窓外に広がっている。つまり俺は、アロハ越しに外の景色を見ていたのだ。決してイヤラシイ目でアロハを見ていたのではない。俺のこの真実を語る目を見てくれ。この目が無実の証明だ。この目の俺を信じてくれ。」


そう語った俺は、アロハの茶色い瞳を見つめた。

アロハの瞳が、かすかにふるえた。

しかしアロハは、すぐに下劣なものを見る目つきに戻って言った。

「スケベ」(2回目)


スケベな相手に対して、これ以上端的に表現しようと思ってもできない言葉だ。

しかし、今の場合は間違っている。


アロハは俺を信用できないのか?

なんなら俺はアロハを見ちゃいけないのか?

そんなこと言うなら、国際交流委員を辞退するぞ!

もうアロハの世話をしなくてもいいのか?


これらはみな、心の中で思った言葉である。

これらを言語化してしまったら、大変なことになる。

クラスのみんなが俺を許さない。

アロハはとても人気がある。

最近では、町のうわさにもなっているらしい。

そんなアロハに対する暴言は、この学校における俺という存在の否定となってしまう。

断罪され、批判の目にさらされ続ける高校3年間。

あまりにも長い。

長すぎる。


あとでわかったのだが、日本に来たアロハにおじいさんが初めて教えた日本語が、「スケベ」だったそうだ。

とんでもない言葉を孫娘に教えたものである。

じーさん、いったい何考えてんの?

この内容の言葉を教えるにしても、もう少し違う表現があるだろう。

たとえば「エッチ」とか、「ヤメテ」とか、やんわりとした間接的な拒絶の表現が。

まずはそれを教えるべきではないのか?

対人関係を重視する、この日本という社会において!


かの孟子は、おっしゃった。

「人みな、人に忍びざるの心有り」

人はみな誰でも、他者を思いやる心を持っている、という意味だ。

たぶん。

性善説である。


アロハよ。

俺にも優しくしてほしい。

「スケベ」という言葉は、俺を傷つけた。


やはりここは、ハッキリさせとかないといけない。

「いや、だから、アロハ。俺は外を眺めてただけだから!」

俺がそう言うと、アロハは再び疑いの目で俺を見た。

「アロハは見てないから!」

俺が強くそう言うと、アロハはなぜか複雑な表情になり、目を伏せた。

そうして、「バカ」とつぶやき、そのまま黙り込んでしまった。


「なに?それ。どーゆーこと?」って思ったが、追及はしないでおいた。

これ以上疑われても、ことが面倒になるだけだ。


「あんたたち、いつの間にずいぶん仲良くなったわねー」

自分こそいつの間にかそこにいた委員長は、メガネの奥の目を光らせて、俺とアロハをかわるがわる見ながら言った。

「仲良くなったわけじゃねーし。国際交流委員として、アロハの対応をしてただけだし」と言って、俺は席を立った。


アロハはプイと横を向いた。


「あっ、そう。その態度。そんな態度とるんだ。じゃーもーいーよ。俺はもうアロハの世話しないから。」って心の中で叫んで、俺はそのまま教室の外に出た。

もう、あんな奴なんか知らない。

どーにでもなれ。


☆☆☆☆☆


その日の放課後、帰ろうとしていた俺は委員長に呼び止められ、廊下の端に連れていかれた。


委員長「アロハ、ちょっと反省してるみたいよ。あの時、自分をエロい目で見ていたというあなたへの誤解はすぐに解けたんだけど、なんか、意地を張りたくなっちゃったんだって」

俺「なにそれ。アロハは意地っ張りか?」

委員長「あんたも、もー少し、おとなになりなさい。あんたのほーこそ、意地っ張りよ」

俺「俺が? 俺は意地なんか張ってないよ」

委員長「そーかしら。わたしにはむしろ、あなたの方が意地を張ってるように見えた。見えたよ」

俺「(そうなのか?)」

委員長「アロハも突然日本に来て、あまり時間も経ってないし、言葉もうまく通じない。まだ気も張ってると思う。だから、優しく見守ってあげるのが、国際交流委員としての俺くんの役目なんじゃない?」

俺「……」

委員長「アロハもちょっと気が強くて意地っ張りなところがあるから、あなたにはっきりとは言わないかもしれないけど、アロハはアロハで、あなたに感謝してる部分もあるのよ。」

俺「エッ?」

委員長「私と話すると、アロハ、いつもあなたの話題ばかりで」

俺「ハァ?」

委員長「『オレクン、オレクン』って」

俺「……」

委員長「もう俺くんの話はいいからって、いっつも私が突っ込むの」

俺「……」

委員長「そうすると、アロハはね……」

委員長は、言いよどんだ。

俺「なに? アロハがどーしたの?」

委員長「……鈍感な男って、ほんとバカね」

俺「ハァ?」

委員長「まーいいや。とにかく、アロハには優しくしてあげなさい。彼女を本当に守ってあげられるのは、いまのところあなただけなんだから」

俺「……」

委員長「彼女が一番信頼しているのは、あなたなの……」

そう言って、委員長は寂しく笑った。

俺がどう反応していいかわからず黙っていると、

「鈍感な男って、ほんとキライ」

そう言って、委員長は去って行った。

その後ろ姿には、いつものような凛々(りり)しさがなかった。


キライってどういうこと?

どうして委員長にも嫌われたんだ?

俺、何か悪いことした?

ほんと、女子の考えてることは、わけわかんねー。


それともあの時俺は、「アロハを見てたんだ」とでも、言えばよかったのか?

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