第二話 04.神候補・重永翔吾
重永 翔吾 が〈神〉から能力を得たのは去年の十二月の練習中の事故の後だった。
全国大会への切符を惜しくも逃した重永はその後周りの人の声を聞かず、それまで以上の練習を自らに課し続けたのである。
だが激しすぎる練習はオーバーワークとなり、それ故タイムも伸び悩む。その結果、更に練習を課すという悪循環の中に彼はいたのだ。
そうした環境で練習を続けた結果、ついに重永の体は悲鳴をあげた。練習中に溺れ意識を失うという事故が起きたのだ。幸い周りにいた部員にすぐに救出され大事には至らなかった。
彼が〈神〉に会ったのは、その意識を失った時の事だったのである。
意識を取り戻した重永は、〈神〉に会った事はただの夢だと最初はそう思っていた。
だから事故の後、練習を再開した時に、能力を使おうと思ったのはちょっとした冗談のつもりだったのだ。久しぶりの練習で今後の為に参考で記録を計った時にほんの軽い気持ちで能力を使おうと思い、実行したのである。
しかし〈神〉から与えられた能力は本物だった。
その結果、重永は身体能力の上昇により今までの彼では考えられない程の記録を叩き出してしまったのだ。
そうなって初めて重永は激しく後悔する事になった。
〈神〉から言われていた「今までどおりの生活を送りたいなら能力を使うな」という言葉を甘く見ていたのである。
自分だけの力ではなく〈神〉に与えられた力によって出したその記録を重永は抹消した。
こんなのは自分の記録ではない、〈神〉の力を使う事はまるでドーピングではないかと。たとえ今後、能力など使うつもりなく試合に出場したとしても負けそうになれば力を使ってしまうかもしれない。
一度その感覚を覚えてしまったのだ、それを拒絶する強い意思を持ち続けるのは不可能だと、重永はそう結論付けた。
その結果、彼の選んだ選択は休部だったのである。
水泳部を休部した後に重永が行ったのは能力を調べることだった。そうする事で自分の中から能力をなくす事が出来ないか、色々と試したのである。
だが結局その行動も彼の思惑とは逆の方へと向かってしまう。
能力を使えばそれだけ能力は強化されていく。彼の能力はなくなるどころかとても強力な能力へと成長したのである。
『泳ぐ』という行為、執着、それが重永翔吾の持つ心の本質だった。
その影響を受けて発現した能力は「空泳」という現象である。それは重永翔吾の周囲十五メートルの範囲の空気を水の抵抗を持つ空間へと変える能力。
彼はその中を常人以上の速度で泳ぎ移動することができるのである。
◇◇◇
七篠 如人の下半身だけにあった水に浸かった様な感覚が突如、全身を覆うものへと変わった。
それと同時に重永の体があっという間に五メートルほど上空へと跳びあがる。
「な、に、こ、れ!?」
声を発する事はできた。だがあきらかに自分の発した声が聞き取りづらくなっている。心なしか息をするのもなんだか辛い感覚に陥っていた。
この空間を発生させた張本人の重永はというと上空に浮いたまま、というより立ち泳ぎの要領で手足を動かした状態で七篠を見下ろしている。
今の状況で今の場所にいるのは不味いと感じた七篠は一度態勢を立て直す為に慌てて走って逃げ出そうとするが、周りの空気が水の抵抗力に変化させられており、走ることはおろかまともに動くことすら出来はしなかった。
少しでもこの状況をどうにかしなければ、そう考えた七篠は重永と同じように上空への脱出を試みようとその場にしゃがみ込んだ。
一気に上へ上がろうと両足で地面を蹴り顔を上へ向けたその瞬間だった、そこには既に自分の元まで泳いできていた重永の掌底があったのである。
七篠の動きは重永に読まれており、カウンター気味に突き出されたその掌底に自分から激突する。
さらに言うと、七篠は咄嗟に回避しようと首を捻ってしまったのだが、それは逆に悪手となり、下顎付近に直撃する結果を生んでしまった。
当たり所の悪かったその一撃は脳を揺らす効果を齎し、その結果七篠の意識は刈り取られる事となったのである。
重永はそのまま体をクルリと回転させ地面に着地すると、気を失い宙に浮いた状態の七篠の体をゆっくり地面へと着地させた。
あっさりと決着が付き拍子抜けした表情の重永は、気を取り直すと一度能力を解除する。
「アカンなぁ、いきなり最大出力は結構疲れる。長期戦にならんで良かったわ」
重永はそう独りごちると花壇の傍に置いてあった如雨露を手に取った。そしてそのまま気を失った七篠に対して如雨露の水をぶち撒けたのである。
「ほら起きや、これで分かったやろ? もう俺らには逆らうな!」
そう言って重永はその場から立ち去ろうとした。
七篠のダウンの原因は恐らく脳震盪だろう、彼を下手に動かすより誰か人を連れてこないといけないと判断したのである。
「無理だよそれは。何故ならボクの心はまだ折れてない」
そのはっきりと意識のある、友の声を聞いて重永は驚愕し、すぐに後ろを振り向いた。
そこには片膝を立てながら立ち上がろうとする七篠の姿があったのである。
完全に意識を失っていたはずだ。仮に水をかけられた影響で目が覚めたとしてもそんなにすぐに動けるはずが無い。
重永は七篠のとんでもないタフさに思わずたじろいだ。
「おいおい脳震盪を起こしてたんちゃうんか? タフすぎやろ」
「まあトラックに轢かれても殆ど怪我が無かったくらいにはタフだね」
「それでも続けんのは止めとけ。これ以上は危ないし、お前じゃ俺には勝たれへん」
「それはどうだろう? 流石にあの奇襲は面食らったけど」
「別にネタばれしてても、対応は無理やったんちゃうか? 能力が使えるなら使ってたやろ?」
「そうだね今度はちゃんと使う」
「そうか、じゃあ今度こそキッチリ心を折ったるわ!」
「それはボクの台詞だ」
向き合う二人は何故か笑顔を浮かべている。
それはきっと仲の良かった友人だからこそなのだろう。
たとえ七篠の人格が変わっていたとしても、そこに違いはないのだ。
両者は同時に動き始める。
お互いの意地をぶつけ合う戦いの第二ラウンドが開始された瞬間だった。
次回、友人対決決着です。
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