第二話 05.友情の再起動。ずぶ濡れの放課後、少年に迫る「ロリ巨乳」の衝撃
先制を仕掛けたのは重永 翔吾だった。
自身の周囲を、水の抵抗を持つ特殊な空間へと置換する「空泳」。その檻の中に、再び七篠 如人を閉じ込めたのだ。
この閉鎖空間において、重永の機動力は神の領域に達する。対して、泳ぐ技術を持たない者は鈍重な獲物に過ぎない。重永は勝利を確信し、強靭なバネで空中へと蹴り上がった。
その時だった。
重永の視界の端を、鮮やかな「緑」が横切ったのは。
それは、重永が支配するはずの空間内を、まるで意思を持っているかのように優雅に漂っていた。細く長く分枝した茎、葉の縁には鋭い鋸歯――。
「み、ず、く、さ……?」
思わず重永は声を漏らした。それは、あまりにも巨大化な「イバラモ」だった。
水泳部員である重永にとって馴染みのある植物だが、これほどの巨躯と密度で空を舞う姿は異常としか言いようがない。
重永は慌てて七篠の姿を探したが、幾重にも重なり合う巨大な葉が、カーテンのように視界を遮っていた。
「上を見てばかりでは、足元をすくわれてしまいますよ?」
どこか遠くから届く、穏やかな声。
泳ぎ出そうとした重永の右足に、冷たく硬い感触が絡みついた。現在、重永は身軽さを重視して素足にサンダルという格好だったが、それが致命的な隙となった。イバラモの鋸歯が肌に食い込み、力任せにバタつかせた程度ではびくともしない。
「ぐっ、うぅっ……離せっ!」
重永はパニックを抑え、両手で水草を引き剥がそうと試みる。
幸い、この空間はあくまで「水の抵抗」を再現しているだけであり、酸素が欠乏することはない。溺れる心配がないと判断した彼は冷静に対処しようとしたが、一つ、致命的な事実を失念していた。
――今は競技の最中ではなく、戦闘の最中だということをだ。
◇◇◇
七篠如人は金槌ではない。だが、その実力は体育の授業で習う平均的なレベルに過ぎない。この特殊空間における「水泳勝負」であれば、重永に勝機は万に一つもないだろう。
疑似人格として起動した如人は、瞬時にその結論を導き出していた。
(……追いつけないのであれば、相手の機動力を私と同レベルまで引き下げる。それが最適解ですね)
如人の背中から、無数のイバラモが急速に成長し、空間内へと放出される。
重永が放つ水の波形を読み取り、その流れに沿って水草を漂わせることで、敵の死角を突く「植物の海」を構築したのだ。
そして、水草の陰から音もなく現れた如人の腕は、すでに柔軟な蔓へと変質していた。
「……捕獲完了です」
背後から忍び寄った蔓が、重永の胴体を幾重にも縛り上げる。
「なっ……いつの間に!?」
「驚きましたか? 水中での移動効率は、私が重永さんに合わせて差し上げたのですよ。……それでは、少々目が回るかもしれませんが、お付き合いください」
如人は重永を抱えたまま、自身の体を高速で回転させ始めた。スクリューのように渦を巻く蔓の力に抗えず、重永は視界が回る感覚に襲われる。
数十秒の激しい回転の後――突如として重永の空間が霧散した。集中力が限界に達したか、あるいは気絶しかけたことで能力の維持ができなくなったのだ。
次の瞬間、浮遊感が消失し、二人の体に「重力」が突き刺さる。
場所は校舎の屋上付近、地上約八メートル。このまま落下すれば、常人なら無事では済まない。
「あら、意外と高いですね。……では、緊急着陸のシーケンスを開始します」
如人は空中で蔓を手繰り、重永を自分の体に括りつけた。さらに背中から巨大なハスの葉を数枚展開。それをパラシュート代わりに使い、風を捉えて降下速度を調整する。
ターゲットは、眼下に広がる学校のプール。
――ザブンッ!!
激しい水しぶきを上げ、二人はプールへと着水した。
如人は朦朧とする重永を引きずり上げ、プールサイドに横たわらせた。重永の生存を確認すると、如人の瞳から静かに光が消え、その場に崩れ落ちた。
◇◇◇
七篠が再び意識を取り戻したのは、数分後のことだった。
プールサイドに大の字になっていた彼は、上半身を起こして周囲を見渡す。少し離れた場所では、重永が壁を背に座り込んでいた。
(……あれ? 僕はさっき、重永に殴られて……)
意識が途切れる直前の記憶は「負け」だったはずだ。だが、自分も重永もずぶ濡れで、なぜか勝負は終わっているように見える。
「……お前の、勝ちや」
重永が、どこか清々しい顔で口を開いた。
「え? でも、僕は君に敵わなくて……」
「はぁ? お前、あんな化け物みたいな真似しといて、記憶ないんか? ……まあエエわ。お前がそこまで上沢ちゃんを想ってるんは、よう分かった」
「……え、いや、それは誤解だよ!」
七篠の慌てた様子に、重永は呆れ顔で両手を上げた。
「はいはい、約束するわ。お前と上沢ちゃんには、もう金輪際手を出さん。……これでお互い、元の友達に戻れるか?」
その言葉に、七篠は心底ホッとした。
「うん、もちろんだよ! 重永、ありがとう」
七篠は歩み寄り、重永に右手を差し出した。
「お前……そんな暑苦しい握手とかするキャラやったっけ?」
重永は苦笑しながらもその手を握り返し、傍らにあったタオルを七篠の頭に被せた。
「悪かったな、七篠。……洗って返してくれればエエから」
二人は並んで座り、濡れた体を拭きながら話し始めた。かつての穏やかな時間が、そこには流れていた。
話題は自然と、上沢のことや、如人が告白された「播磨 結衣」のことへと移る。
「……えっ、播磨が七篠に告白!? あの、うちのクラスの『ロリ巨乳』こと播磨結衣が!?」
「重永……その呼び方はどうかと思うけど、同じクラスだったんだね」
「当たり前や! 男子連中の中に、あいつの熱狂的なファンが何人おると思っとんねん……お前、マジで気をつけろよ? 刺されるで」
七篠は苦笑いしながら、播磨の告白を保留にしている理由――「蜂使い」による洗脳の可能性について打ち明けた。
「なるほどな……文字通りのハニートラップか。でも、それなら俺を仲間に引き込む時も、蜂で操れば良かったんとちゃうか?」
「……えっ?」
「俺のところに来た『蜂使い』を名乗る奴は、交渉してきよった。操る力があるなら、そんな面倒なことせんやろ? ……ひょっとすると、似た能力を持つ別人がおるんかもしれへんな」
その重永の指摘は、七篠の胸に鋭く突き刺さった。
「……その話、上沢さんに伝えてもいいかな? きっと、重要なヒントになる気がするんだ」
「お、おう。俺をボコらへんのやったら構わんよ。……あ、でも播磨ちゃんが本心やったら、ちゃんと付き合えよな。妬ましいけど応援したるわ」
重永はそう言って笑い、七篠の背中を叩いた。
自分にも彼女がいながら、友人に可愛い彼女候補ができれば少しだけ嫉妬してしまう。そんな、他愛のない、しかし何物にも代えがたい「男の友情」が、夕暮れのプールサイドに温かく満ちていた。
「じゃあ、行ってくるね!」
七篠はタオルを首にかけ、校舎へと走り出した。
それを見送りながら、重永はポツリと独り言をこぼす。
「播磨が七篠に告白か……羨ましい話やで」
などと自分も彼女がいるくせにそんな事を言う。
自分に彼女がいようが、友人に可愛い彼女ができればやはりちょっとは妬ましいのである。
ああ儚きかな男の友情。
次回は上沢視点の話になります。
七篠がバトル中の頃に彼女の前に現れたのは……?
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