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電子書籍 発売記念SS『小さなライバル』

こちらは、途中に電子小説およびコミカライズ作画担当の花門トキコ先生の挿絵付きの番外編です。

絵だけでもご覧ください!

ちなみに物語の内容は、エリィとセドリックが両想い後から婚約する前までの話となっております。

 

「エリィ、午後から出かけない?」

「えぇ、かまいませんが」



 ある日、王城で共に昼食をとっていると、エリィはセドリックからお出かけのお誘いを受けた。

 ふたりの仲は認められたものの、まだエリィはユースリア国アレンス家の人間としてラグドール国の王太子(ミハエル)預かりの身だ。護衛のこともあって外出できる機会は限られており、たいていはセドリックの屋敷――仕事場に日中だけお邪魔するばかり。今回もそう思っていたのだが――



「良かった。実は昨日の帰り道に城下町を通ったときに、今日がお祭りの日だって気付いてね。エリィを連れて行きたいと思ったんだ」

「お祭り……ですか?」

「うん。城下の東エリアでは一年に一度だけ小さなお祭りがあるんだ。簡単な仮装をして身分や年齢関係なくみんなで音楽を楽しみながら広場で踊る小さなもので、踊らなくても露店もたくさんあるから楽しめると思うんだけど。ミハエル殿下にはもう外出の許可は得ているよ? どうかな?」



 少し気恥ずかしい様子でセドリックがエリィの顔色を窺った。

 つまるところ『デートのお誘い』だと分かったエリィはパッと顔色を明るくして、期待に胸を膨らませた。



「わぁ! 楽しみです」



 彼女は早く行きたくて、昼食の残りをさっと食べ終えた。

 食後、王城の侍女に手伝ってもらいながらセドリックが用意してくれた衣装に袖を通し、彼が指定した髪型にする。完成した姿を見せるために、部屋の外で待つ彼を呼んだ。

 部屋に入るなり、彼の澄んだ水色の瞳が輝いた。



「エリィに着させたいと思って前に仕立てたものだけど、僕のイメージ通りだ! とても似合う。でも……可愛すぎるのも困ったな」



 そう言ってセドリックは腕を組んで唸り始めてしまった。



「あ、ありがとうございます。大切に着ます」



 変な男に狙われないか心配している彼をよそに、エリィは真っすぐな褒め言葉に照れながらもう一度姿見で自分の姿を見る。


 セドリックが用意してくれたのは、淡い水色を基調とした膝丈のワンピースだ。身頃からスカートにかけてはハリのある生地が使われており、花柄の刺繍が施されている。身頃とは対照的にフリルたっぷりの袖と、スカート下に重なっているチュチュ風のスカートは軽やかなシフォン生地だ。髪型はお団子をふたつ高めの位置で作り、パールのチェーンで飾り付けられていた。


 絵本に描かれていた妖精のような姿は派手ではないけれど華やかで、遊び心あるデザインはセドリックらしい。


 ブランドのためではなく自分のためにデザインし、作ってくれたことがとても嬉しくて顔が緩んでしまう。けれども鏡越しに見えるセドリックは何も仮装していない。



「セドリック様のお召し物は?」

「僕はこれを付けるだけだよ」



 ポケットから出てきたのは見覚えのある仮面だった。以前エリィを落札したオークションで使用したものだ。



「今日の僕の服装はシンプルだし、これを付ければ仮面舞踏会に出る貴族の仮装に見えるだろう? では、行こうか」



 セドリックが差し出した手に自分の手を重ねる。エリィは彼にエスコートされ、城下町へと繰り出した。

 馬車から降りるなり、彼女は「わぁ!」と感嘆の声をあげた。


 伯爵令嬢のときは勉強に忙しくて、お祭りに行く余裕はなかった。アビスで見た露店や小さな催し物でもその活気に驚いたけれど、この祭りは魔法が身近な国の王城のおひざ元で行なわれている。

 露店には見たこともないカラクリのオモチャ、小さなステージでは魔法を使った大道芸、それを見て楽しむ多くの仮装した人たちの熱気に圧倒された。



「エリィ、僕に掴まって」

「はい」



 はぐれないよう、エリィはしっかりとセドリックの腕にしがみついた。先ほどは魔法に関わるものにばかり目を奪われていたが、露店で売られている食べ物も見たことのないものばかりだ。お祭りでは定番の庶民用の食べ物だと彼が案内しながら教えてくれる。


 するとエリィはとあるお店の前で立ち止まった。串に刺さった揚げ物のお店だ。串料理と言えば、焼き物しか知らなかったので珍しさで目を引かれてしまった。



「食べてみるかい? お祭り会場には座れる場所が少ないから、食べ歩きできるようにフリッターを串に刺しているんだよ」

「工夫なさっているのですね。食べてみたいです」



 食べ歩きは貴族の令嬢としてはあるまじき食事マナーだが、エリィはそのような恥はとうに捨ててきているし、セドリックも責めることはない。いかに庶民に馴染み、祭りを楽しむかに重きを置いてくれていた。


 衣が付いたチーズの串揚げを受け取り、熱々のうちに食べようとしたとき、エリィの足元で「ミャー」という声が聞こえた。下を見ると、串揚げを物欲しそうに見上げるヒョウ柄の茶色い猫がいた。首には紫のリボンが巻かれ、飼い猫だと分かる。



「ごめんね、これは人間の食べ物だからあげられないの。店主様の猫ですか? とても可愛らしいですね」

「猫? あぁ、こいつは別の店の看板猫だ。きっと逃げ出してきたんだろうな……参ったな。届けたいが、店が……」



 店主がエリィの後ろを見ると、数組の客が串揚げの出来上がりを待っていた。離れることはできないだろう。



「セドリック様……」



 エリィは隣に立つ仮面の男を見上げた。



「そんな顔されちゃ断れないな。僕たちが届けてあげようか」

「ありがとうございます!」

「エリィは食べてて良いからね。さて店主よ、飼い主の店はどこかな?」



 セドリックが猫を抱き上げてくれたので、エリィは美味しい串揚げを頬張りながら飼い主の店を目指すことにした。店主に教えてもらったお店に行けば、飼い主だと名乗る女性が猫を見るなり泣いてしまった。相当心配していたのだろう。届けて良かったと、エリィとセドリックは顔を見合わせて微笑んだ。



「今日はお祭りでお客様の出入りが激しくて、扉が開きっぱなしになったときに出ていったようなんです。通りは人も多くて見つからなかったらと……本当にありがとうございます。どうかお礼をさせてください」



 飼い主はカフェを営んでおり、お礼としてケーキセットを頂くことになった。案内されたのは奥にある半個室のスペースだ。扉はないがカーテンで仕切られており、他人の目を気にすることがなくお茶を楽しめる場所だ。


 エリィの前には大好きなベリーのタルト、セドリックにはチーズケーキが置かれた。

 串揚げを食べたばかりだというのに、ベリーの甘酸っぱさが口の中を爽やかにしてどんどん口の中に入っていってしまう。舌鼓を打っていると、またもや足元から「ミャー」と聞こえてくる。

 猫はエリィの足元に飾られているパールのアンクレットで遊び始めてしまった。千切れてしまいそうで、彼女は慌てて足をよけようとするが猫は素早く前足でじゃれてきてしまう。



「お客様、うちの猫がすみません! ほら、コッチにオモチャがあるよー!」



 飼い主がリボンの先端に魚のオブジェが付いた棒を振ると、猫はそちらに飛びついた。

 これで一安心――と思ったのも束の間、新しく入ってきた客が注文したいと飼い主を呼んだ。人気店のようで、とても忙しそうだ。



「重ね重ねすみません。少し離れます!」

「いえ、これお借りしますね」

「どうぞ使ってください。一旦、失礼します」



 忙しそうに注文を取りに向かう飼い主の背を見送ると、エリィは借りたオモチャを猫の前で揺らし始めた。最初は下手ですぐに猫に掴まってしまい、それが悔しくてエリィは立ち上がって大きくリボンを揺らした。




挿絵(By みてみん)




 すると猫は楽しそうに飛び跳ねながら魚を追うが、なかなか捕まえられない。それが楽しくて、彼女は思わず夢中になってしまった。


 ついに猫に魚を捕まえられてしまい、ひと段落したタイミングで残りのケーキを食べようと椅子に座り直して気が付いた。

 先にチーズケーキを食べ終えたセドリックが、頬杖をつきながら眉間に皺を寄せていた。



(今日は彼とのデートだったのに、放っておいてしまったわ!)



 慌てて「ごめんなさい。夢中になってしまって」と謝罪の言葉を口にした。



「エリィは悪くないよ。確かに……その猫が僕のエリィを独占していることは面白くなかった。でも夢中になって遊んでいる君の姿も可愛くて、止められなかった……本当に君は僕の心を弄ぶのが上手だよね」

「え?」



 セドリックは腰を上げてエリィに顔を寄せると、そのまま頬に軽く触れる口付けをした。



「僕に寂しい思いをさせたんだから、埋め合わせしてくれるよね? まぁ、これだけじゃ足りないのは分かっているよね?」



 独占欲を隠さない彼は、愛情表現も大胆だ。足りないというのは理解できる。2回目のキスを覚悟したエリィは顔を真っ赤に染めて、こくりと静かに頷いた。

 けれども予想に反して、セドリックはエリィから身を離して頭を抱えてしまった。



「お願いだから少しは抵抗して? まだ婚約できない状況だから、これでも色々と我慢しているんだ。僕はこの手に関しては忍耐力が足りない方で、エリィの理性に頼っているところも大きいのは分かっているよね?」



 そう言われてハッとする。いつもグイグイと攻めてくるセドリックに対して、恥ずかしさに耐え切れなくなったエリィがストップをかけてようやくキスや抱擁をやめていることに。

 エリィは申し訳なさそうに、尚且つ恥ずかしそうにしながらセドリックを見上げた。



「では、この埋め合わせはツケでお願いします。婚約後、まとめてお支払いするということでどうでしょうか?」

「あぁ、早く婚約、いや結婚したい」



 結局、我慢しきれなくなったセドリックがエリィを抱き寄せようと手を伸ばしたが――



「ミャ!」

「な!?」



 猫が邪魔するように、テーブルを足台にしてセドリックの顔面に飛び込んだ。彼はそのまま猫を捕まえ、顔から引きはがした。



「とんだライバルだね。でも僕に勝てると思わないでくれよ?」



 そうして次はセドリックがリボンを揺らして猫と遊び始めた。彼は本気なのか、リボン捌きが素早く、猫に捕まえさせる気を全く感じさせない。

 その間にエリィはケーキを食べ、お茶も飲み終わるころになると飼い主も戻ってきた。今日はもう猫は二階の居住エリアで留守番させることにしたらしい。



「今日はうちの猫を届けてくれただけでなく、遊んでくれてありがとうございました」

「いいえ。私もとても楽しかったです。猫ちゃん元気でね」

「ミャー」



 店の前で飼い主と猫に見送られ、エリィは再びセドリックの腕にくっついて祭りの中へと戻っていった。



「セドリック様、付き合ってくれてありがとうございました。ケーキ美味しかったですね」

「そうだな。甘いものが苦手な僕でもチーズのコクが強くて平気だった。次は客として買いに行こうか」

「また連れ出してくれるのですか?」

「もちろん、エリィにはこの国を好きになって欲しいし……何より、僕は君を甘やかさずにはいられないみたいだから」



 エリィを喜ばすためなら、どんなことでもするよ――と言われているようだ。実際にセドリックはいつもエリィを中心に考えてくれる。嬉しくないはずはなくて。



「セドリック様、大好きです」



 自然と口からは気持ちが溢れてしまっていた。

 セドリックは一瞬だけ目を見張ったあと、すぐに相好を崩した。



「不意打ちはずるいなぁ」



 珍しいお店も、猫も、食べ物もどれも素晴らしいとは思ったけれど、この日のお祭りで一番エリィの思い出に強く残ったのは彼の幸せそうな笑顔だった。



お読みくださりありがとうございました!


2021年12月1日より各電子書店様より電子小説版第1話、コミカライズ第4話が発売となっております!

出版社:白泉社様 イラスト・コミカライズ作画:花門トキコ先生です。 

表紙はページ下部より見れますので、ぜひスクロールしてみてください。

よろしくお願いいたします。

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『奴隷堕ちした追放令嬢のお仕事』
◆2021年12月1日~小説版の電子書籍発売◆


◇ ◇ ◇ ◇ ◇

◆コミカライズも第4話まで配信中◆
こちらもどうぞ宜しくお願いいたします。

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