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後日談 特別教室の再開

他の作品にも、夕璃子や慧介が出てくることがあります。

 慧介が出張先から帰ってきたのは、日が傾きはじめたころだった。駆け寄ってしがみついた娘を軽々と抱き上げて、頬ずりをする。それから二人でお風呂に入ることにしたようだったので、私は台所に戻った。最近、息苦しかったり、鼻血が出たりすることが増えた。


 冷たい水につけておいたサラダ菜の水気を切る。サラダスピナーに水を張って入れておくと楽だ。そのまま水切りをして、それでも残った水分を、キッチンペーパーで丁寧に拭き取り、お皿に乗せる。


 冷蔵庫からポリ袋に入った魚の切り身を出した。朝、娘と出かけたスーパーで買ってきた、まぐろの刺身だ。帰宅してすぐに、醤油、みりん、酒を同じ比率で合わせたタレに漬けてある。ここに入りごまをまぶして、ごま油で焼き、サラダ菜の上に乗せれば一品が完成。彩りが寂しかったので、ミニトマトもついでに用意する。


 炊きたての白ごはんをお茶碗によそい、納豆を添える。副菜はタコときゅうりの酢の物。最後に具材たっぷりの豚汁を盛りつけて、できあがり。


 お風呂あがりの石鹸のにおいをさせながら出てきた二人は、同じ恰好で瓶詰めの牛乳をごくごくと飲んでいる。その情景がとても微笑ましく思えて、私はそれをよく覚えておこうと目に焼き付けた。

 仕事を休みにしてから、家のことをする時間がずいぶんと増えたように思う。それから、娘と話す時間も。





「そういえば、昨日は電話できなくてごめん」


 それは、娘の寝かしつけを終えたあとのことだった。

 慧介が、鉛筆を走らせながら謝った。手元の白い画用紙に、みるみる美しい風景が描かれていく。


「メールもくれたし、大丈夫だよ?」

「ーー俺は、声を聞きたかったよ。……昨日はさ、霊障というか、悩まされている奴を見つけて、放っておけなかったんだ」


 慧介は、他の人とは違うその力を、誰かのために役立てることがある。その結果、怪しいとか胡散臭いとか思われたりすることもあって、本人は傷ついているのだけれど、それでも、それを使命だと感じているようだった。


 最近、お気に入りの過ごし方は、娘に遊べるノートを作ってあげることだ。海外ではクワイエットブックと呼ばれているもので、一般的にはフェルトなどの布で作られている。知育になっていたり、おままごとができたり、自由な発想でよくて、遊ぶ娘だけじゃなくて、作っている私まで楽しい。


 手軽さを重視して、私は折り紙や色画用紙でつくっている。すでにノート四冊分になっていて、作りはじめてから2年が過ぎたけれど、娘は今でも気に入って遊んでくれている。

 実は、この作業には慧介も加わることがよくある。二人で一緒に絵を描いたり、色画用紙を切ったりしていると、佐藤先生の特別教室を思い出して、懐かしいような切ないような不思議な気分になることがある。


「ねえ、佐藤先生の霊は視えないの?」


 私は、彼が描いた風景がをノートにぺたぺた貼りながら訊いた。前から気になっていたことだったけれど、聞くのには勇気が必要だった。

 慧介は悲しげに首を振る。


「会いたい人には不思議と会えない。それは成仏しているからなのか、なんらかの取り決めなのか。わからないけど……たまに、どうしてこんな力があるんだろうって思うことがある」


 慧介の家族とは、未だに疎遠だ。彼のこの能力を気味悪く思って、少年時代から距離を置かれてきていた。私たちも少しでも歩み寄ろうとしてきたけれど、効果は出ていない。物語のようにすべてが丸くおさまるハッピーエンドは、なかなかないものなのだとやりきれない気持ちになる。


 私は折り紙を切っていた手を止め、椅子から立ち上がり、慧介のほうへ行った。そうして彼の頬にキスをした。

 せめて、私は、彼には温かい新しい家族を作ってあげようと思う。もうずいぶん膨らんできたお腹の中で、新しい命がぐるりと動いて見せた。それは、賛成の意味だったのかもしれない。

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