お互いの足元を照らす光に
「おーい、リューイ‼︎ リュカに会いにいくぞー‼︎」
まだ二歳にも満たない、歩みも覚束ない兄王の息子リューイを呼ぶ。呼ばれて一生懸命に駆けてきた男の子を抱っこして、ラドラスはひょいっと肩車をした。
「ラド、ラドっ」
肩車の上で、足をバタバタとばたつかせる。その足を、おい暴れるなよ、苦笑しながらぎゅっと掴むと、ラドラスは花畑を歩き出した。
それに気づいた二人の女の子が、一生懸命に後をついてくる。
「ラドラスおじさまー」
「おじさまー」
ニーナとリーナだ。
「リューイだけ、ずるいっっ。わたしもリュカに会いたいわっっ」
「会いたいー、ずるいー」
足にしがみついてくる。
「こ、こら、危ねえ」
「ずるいっ」「ずるいー」
ラドラスは二人の姫を前にひざまづいた。その間にも、リューイに髪を引っ張られたり、叩かれたりしている。
「なあ、お前らは昨日、リュカに会っただろ?」
「う、……うん」
「でも、リューイはそん時、ちょうど昼寝してて、リュカに会えなかっただろう?」
「……うん」
しゅんっとこうべを垂らしている二人の姿を見て、ラドラスは笑いを噛みしめた。
「だから、今からリューイはリュカに会いにいくわけだ」
「むう」
「むう」
ニーナのふくれっ面を見て、リーナも真似をして頬を膨らます。
ラドラスは立ち上がり、じゃあな、と言って歩き出した。けれど、二人の姫は、物欲しげな顔をしながら、ラドラスの後をつけてくる。
ラドラスは溜め息をつくと、振り返って言った。
「仕方ねえ、連れてってやる」
ニーナとリーナの顔が、ぱああっと明るくなった。
「ニルヴァに会えるっっ」
「会えるっっ」
ラドラスは呆れ顔を作ってから、「なあ、俺らリュカに会いにいくんだよな」と、肩の上でラドラスの赤い髪を指でくるくると遊んでいるリューイに、声をかけてから、ラドラスは歩き出した。
✳︎✳︎✳︎
ニルヴァがリュカを身ごもる前、ニルヴァとラドラスの間ではこんなやり取りがあった。
「ラドラス様、結婚式では気を使っていただきましてありがとうございました」
「ん、いや、別にいい。大したことではない」
「けれど、サンダンス王国の第二王子であるラドラス様のご結婚式となりますと、あのような身内だけの小さなものでは……」
「それについてはもう何度も話し合っただろ。俺は満足だ」
「ラドラス様、」
「満足なんだ」
ニルヴァの頬を両手で包み込む。そっとキスをすると、ニルヴァが頬を染めた。
ラドラスがニルヴァに正式に求婚したのは、ニルヴァの傷が癒え、少ししてからのことだった。
兄トラウル、イロン、警備団の後輩たち、みなから求婚はまだか、早くプロポーズをしろ、などとプレッシャーを与えられ、ラドラスはその意思を固めていった。
いや、すでに意思は固かった。ただ、さあプロポーズだとなると、いつも躊躇して足が竦んでしまうのだ。
「うかうかしてっと、警備団のレイモンにニルヴァさんを攫われちまうぞ」
王トラウルの警備に、ラドラスが優秀な男と認めたレイモンを新たにつけたのだ。
すると、どうだ。もともと、容姿に重きを置かないレイモンの範疇に、ニルヴァが入ってしまった。
「あんな料理上手な女はなかなかいないぞ。優しくて気が利くし、何より……」
レイモンがにやりと笑う。
「俺の好みのタイプだ」
そう豪語し始めたことが、ラドラスの耳に入った。
(このままではまずいぞ、ニルヴァを横から掻っ攫われちまう)
焦るラドラスを横目に、警備団の団員たちはあれやこれやと言ってくる。
「もう早く、告白した方がいいっすよ」
「うるせえ、そんなことはわかってる」
あれが本当にサンダンスを守る赤髪王なのか、なんという頼りない男だ、団員のひそひそ話が落ち着く頃、ラドラスは休暇を取って、ニルヴァの元にやってきた。
「え、っと、元気だったか?」
「はい、」
「傷の具合はどうだ?」
「もう痛みはありません」
「そ、そうか。それは良かった」
庭園のバラ園の中、バラのアーチをくぐって入ると、そこにちょっとした休憩のためのテーブルとイスが置いてある。
花を拾ってくれたラドラスへのお礼として、ニルヴァが花を摘んで密かに置いていた場所だ。
そこで、イスに腰掛けて、お互いの前に座る。イスにちょこんと座ったニルヴァは、相変わらずの銀の髪を短く揃えていた。
ラドラスが愛した青い瞳も健在だ。
「ただ……」
ニルヴァの顔が曇り、ラドラスは心配になり問うた。
「ただ、どうした? なにかあったのか?」
慌ててニルヴァが両手を上げる。
「いえ、違います。そうじゃないんです」
「言ってみろ、どうしたんだ?」
ニルヴァが言いにくそうに、言葉を探す。その様子で、ラドラスは嫌な予感を抱えた。
(もしかして、レイモンのことが好きになったとか?)
表には出さないが、ラドラスの中身は身悶えていた。
(うわあ、そんなのはやめてくれっっ)
外見は冷静を保っているが、ニルヴァが目の前にいなければ、頭を抱えてその思いを吐露しているだろう。
「それがその、……傷が」
「き、傷が……? ど、どうした?」
「傷跡、が、残ってしまって、」
「は?」
「刺されたところの傷跡が、とても見苦しいのですっっ」
ニルヴァが早口で言い切ってから、口を噤んでしまう。ラドラスは少し考えてからそれを言葉にした。
「ニルヴァ、傷跡など気にしなくていい。普段は洋服で見えないのだし、見るのはお前と結婚する……」
ここまで言って、はっと気がついた。
この流れは、もしかしたら、と。
「お、お前と、結婚する男しか目にしないだろう。その男が、傷跡など気にならない男なら、そ、それで良いのだからな」
「気にするお方でしたら、どうしたらいいのでしょうか」
「そ、……んなのは、俺は気にしない」
心の中で、「言った‼︎」と思った。
すると、ニルヴァの顔がみるみる真っ赤になっていった。慌てて、ラドラスはニルヴァの肩を両手で掴んだ。
「ニルヴァっ、俺は気にしないっっ、お、俺とならお前もそんなことは気にしなくていい、だから俺と結婚してくれっっ」
顔から火が出る思いだったが、ラドラスは真っ直ぐにニルヴァを見て言った。ニルヴァが真っ赤な顔を、こくっと打つのを見て、堪らなくなりニルヴァを慌てて抱きしめた。
舞い上がっていたこの時のことを、ラドラスはいっぱいいっぱいだったのもあって、あまり覚えていなかった。のちに記憶がさらにあやふやとなって、プロポーズの話がまるで説明できず、みなから笑われる結果となったのだった。
「ラドラス様まで巻き込んでしまい、申し訳ありません」
それは、結婚式の話だ。
ラドラスとの結婚にあたり、準備を進めていた時。
ニルヴァの祖国、アイル王国に、ラドラスとの結婚を報告すると、めでたいことではあるが結婚式は欠席との報が届いた。親兄弟の、誰一人として、祝福にはやってこないということだ。
この知らせには、さすがのニルヴァにも堪えた。
そこで、ラドラスの助言によって、結婚式を身内だけの小規模なものにしようということになったのだ。
「いや、盛大な結婚式など、俺の性にも合わないからな。ちょうど良かったんだ。だから、何度も話したが、気にすることではない」
「ラドラス様、本当にありがとうございます」
「いや、良いんだ」
「私のような、つまはじきの者を娶ってくださって、」
込み上げるものがあったのか、ニルヴァは口を手で覆った。
「まさか、思い焦がれる方に求婚していただけるとは、思いも寄りませんでした」
「ニルヴァ、」
ラドラスは堪らなくなり、ニルヴァを抱きしめた。
「俺の方こそ、こんな俺との結婚を受け入れてくれるなんて、」
「幸せです」
ニルヴァがはっきりと言った。
その言葉が、ラドラスの耳に入り、脳へと届けられる。それはじわじわと染み込んでいくように、ラドラスの琴線に触れた。
両腕をそっと掴み、身体を離して、ニルヴァをじっと見る。
「本当か?」
それは心から切望していた願い。たとえその相手が自分ではなくとも、ニルヴァには幸せになってもらいたいと、ずっと変わらずに想い貫いてきた。
「それは、本当か、ニルヴァ?」
ニルヴァは今にも泣きそうな顔で、こくんと頷く。
「はい、幸せです」
「ニルヴァ、」
欲望がせり上がってくる。だが、もう誰に遠慮をすることもない。結婚を添い遂げたのは、他ならぬラドラス本人だ。
「ニルヴァ」
唇を合わせる。何度も触れていると、もっと欲しいもっと欲しいとラドラスの舌がニルヴァを求めた。唇に割って入り、ニルヴァのそれに絡めると、欲情が身体をどんどんと熱くしていくのだ。
ラドラスは、唇を離すとニルヴァの身体を抱えて、ベッドに運んだ。
横たえたニルヴァの身体に寄り添うと、ラドラスはニルヴァにそっと囁いた。
「愛している、ニルヴァ。俺が、俺が怖くはないか?」
ニルヴァが泣きそうな顔で答える。
「怖くなど、ありません」
その言葉を聞いてから、ほうっと安堵の息を吐くと、ラドラスは唇をニルヴァの首筋に這わせていった。
「ニルヴァ、俺のニルヴァ」
この青い瞳が永遠に自分のものなのだと思うと、心臓が止まりそうになるほどの喜びに見舞われ、ラドラスはきつく目を閉じ、欲望に身を任せていった。




