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分厚い胸。太い腕。鍛えられた身体。筋肉の盛り上がり。汗の匂い、そして。


「赤い髪の、匂い」


ニルヴァはそれらを思い出して、胸をいっぱいにしていた。


昨晩のラドラスとの逢瀬についてである。


(逢瀬だなんて、恋人みたいだけど……)


恋人同士というわけではないが、それに匹敵するくらいの甘い雰囲気だった。


最初は、雷の話題で面白おかしく話していたはずなのに。


途中から急に抱き締められ、ラドラスを強く意識し始めてしまった。もうそうなると、ニルヴァはラドラスの腕の中にいること自体が気恥ずかしくなり、慌ててお喋りな口を閉じた。


(バカなことを言って、嫌われたくない)


そう思ってしまったのだ。


すると、どうだ。ラドラスは今度は、膝の上に抱きかかえたではないか。


(もしかして、抱き上げろと言っているのだと思われて、それこそわがままで、はしたない女だと思われたかも知れない……)


どんと落ち込んだ。


あの後、雷が去ると、ラドラスは直ぐに立ち上がって、さっさと帰ってしまった。もちろん、ニルヴァを城の裏口まで送って、だが。


ベッドの上にごろんと転がる。


結局、胸の高鳴りと嫌われたのではないかという不安でまんじりとも出来ず、朝日が昇り始めるのを、隈ができた目で迎えてしまった。


(あと数日で、城壁に戻ってしまうというのに)


胸が苦しくなった。


出立の前にもう一度、ラドラスに会いたいと思う。思うが、それは叶わなかった。ラドラスが、出立の日を早めてしまったからだ。


出発を早めてしまった理由はわからない。


(けれど、なんとなく……)


自分の、ラドラスに対する態度に、その理由があったのではないか。


なぜなら、挨拶を交わすこともなく、ラドラスが突然に去ってしまったからだ。


(……嫌われているのかも知れない)


胸に痛みがある。


「嫌われていたら、どうしよう……」


ニルヴァは大きく溜め息を吐いた。


人の心を、他人が操ることなどできやしない。ラドラスの心は、ラドラスだけのものだ。


(私の心はもう、ラドラス様のことでいっぱいだと言うのに……)


だが、ニルヴァにはどうしようもできない。


花を渡したり、料理を作って持っていったり、それぐらいしか思いつかない自分が、情けない。


けれどニルヴァはもう、運命に流されるのは止めたのだ。


「もっとお料理を勉強して、美味しいものを食べていただこう……もっと裁縫も上手にできるようになって、ゆくゆくはラドラス様がいつも肩から掛けているマントなども……そして、もっと色々なことを勉強して、つまらない女だと思われないように、」


またもや、溜め息が出た。


(はああ、次にお会いできるのは、いつなのだろう……)


恋とは、こんなにも。


人を苦しめる。



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