もし、他の誰かと
サンダンスの城で開かれる晩餐会は、半年に一度、これでもかというくらいに盛大に行われている。
懇意にしている隣国の王族や要人を招き、彼らが満足して帰るよう、贅を尽くしてもてなす。
関係者たちが商売っ気の多い商人を連れてくるため、サンダンスの城下町は商人で活気溢れる二日間となるのだ。
「初めてサンダンスの城に入るという曲芸団や楽団などの団体は、必ずこちらで把握しろ。その為には団体専用の入り口を一箇所にせねばなるまい。ここ、北口に警備員を十人置いて、この道順で先導しろ。特に馬車や荷物の中を念入りに調べるんだ」
ラドラスが地図の上に置いた人差し指を滑らせながらそう言うと、上から覗き込んでいた二人の若い男が、御意と頷き、その場を離れた。
「レイ、お前はこのリストを持って、招待客の情報を完璧に収集しろ」
ラドラスの部下であるレイが、手渡されたリストを折って懐に入れると、ラドラスの背中をばしんと叩いてから言った。
「任せてくれ」
「とは言ってもなあ。お前はどこか抜けたところがあるからなあ」
「そりゃ、仕方ねえ。あんたみたいに完璧な男はそうそう居ないってもんだ」
レイは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
ラドラスは笑って言う。
「だが、城の警備はお前の力量にかかってんだぞ。お前ならできると思って任せている」
「お、おおう」
じゃあな、と手を上げてから、ポケットに突っ込んでひょこひょこと歩いていく。
その後ろ姿を苦く見ながら、ラドラスは心配顔を浮かべた。
「はああ、大丈夫なのか? レイはちょっとお調子者のとこがあるからな」
地図を畳んで懐に仕舞う。
城の警備に穴がないか、自分の目で確認したく、ラドラスは城壁中を歩き回っていった。
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多くの警備隊を率いる警備団の団長であるにも関わらず、ラドラスはこの日、サンダンス王の弟として、宴席に顔を出していた。
「兄上、宴席などに出て酒など呑んでいては、守るものも守れなくなるだろう」
ラドラスが不服を申し立てると、兄王トラウルは、ははっと鼻で笑ってから大袈裟に言い放った。
「サンダンスを守る赤髪王から、このように軟弱な言葉が出ようとはなあ」
「兄上、そういう問題では、」
「酔っ払い同士の小競り合いごとき、どうってことはないだろう」
「城で騒ぎになるのが、一番危険だといっているのだ」
トラウルは、夜着を羽織ったまま、片手に寝酒を持っている。ほろ酔い加減がわかるほど、話し方は緩慢だ。
「ならば、王の弟として出席しつつ、宴席を守る警備団の団長として、その辺に目を光らせておればいいではないか」
ふらふらと波打つトラウルの頭を見て、ラドラスは諦めて部屋を出た。
「王の弟として出るのであれば、剣を振るうことは難しいだろ」
まったく、と言いながら廊下を歩く。
(ニルヴァは、宴席に出席するのだろうか……)
各国の招待客のほとんどは頭に入っている。だが、この城の中のことになると、てんでわからなくなってしまう。
(宴席の警備については、ティズに任せてあるが……)
ラドラスの右腕として働く、ラドラスより二つ歳上の男だ。警備団の副団長を任せてあり、剣のさばき方も優秀でラドラス以外では右に出るものもいない。
(まあ、なるべく動きやすい格好にしておいて、宴席には顔だけ出すか)
城を出て、警備団の本部へと戻る。城を出る時、足を止めてふと振り返った。ニルヴァにあてがわれている部屋の灯りが、遠目にも見えた。
「……会いたい」
すうっと、滑り出すように口から出た言葉。ラドラスは、いつまで経っても窓の灯りから目が離せなくなっている自分に気づき、そして振り切るように踵を返した。
もし今。
あの部屋で、自分の知らない誰かとニルヴァが、同じ時間を共に過ごしていたとしたら。
もし、他の男に。愛していると耳元で囁かれながら、恥ずかしげに頬を染めているのだとしたら。
(あの青い瞳で、誰かを愛しそうに見つめていたとしたら……)
もし、と考えるだけで、胸がぐうっと掴まれるように痛んだ。
(ニルヴァに想い人が居ないのなら、俺が結婚を申し込もうと思っていたのだが、)
ラドラスは頭を振って、ずんずんと足を速めた。
(求婚というものが、こうも難しいものだとは思わなかった)
ふわりと何かの香りが鼻孔をくすぐった。それに気がついて周りをよく見ると、バラ園に差し掛かっていた。
「はは、俺は馬鹿か。こんな風に道を間違えるとは……俺もレイのことは言えねえな」
苦く笑って、バラ園の中央に向かう道の途中を曲がった。




