自分に言い聞かせて
「こ、この部屋を使ってくれ」
ようやく至近距離で見る機会を得たニルヴァの顔を、ちらちらと盗み見ては、目を逸らす。
ラドラスは、思いのほか緊張している自分を持て余していた。
この日、ニルヴァは少しの荷物を持って、ラドラスの住まう城へとやってきた。
「カバンくらい侍女に持たせればいいものを……」
独り言のように言うと、ニルヴァはそれに答えて言った。
「これくらいの荷物、自分で持てますから……」
そして、ニルヴァの続く言葉に、ラドラスは肩を落とした。
「……なので、め、メアリを怒らないでくださ、い」
メアリとは、ニルヴァのお付きだった侍女のことだろう。
ニルヴァが、恐る恐る言う。
その度に肩を震わせ、頬を硬直させるその様子を見て、ラドラスは心の中で何度も何度も、こう思った。
(そんなことで、怒ったりはしない、のだが……)
ラドラスは、盛大に溜め息を吐きたい気持ちになった。けれど、このようなニルヴァの反応も、全ては自分のせいだ。仕方がないと言い聞かせて、ラドラスは続けて言った。
「お、俺の部屋は廊下の一番奥だ。俺は執事を置いていないから、なにかあったら、直接俺に……」
言葉を言い直す。
「侍女のカレンに言ってくれ」
「……はい」
ラドラスは、開けていたドアから離れると、自分の前を通って部屋の中へと入ろうとするニルヴァの背中に向けて、声を掛けた。
「ニルヴァ、」
足を止めて、振り返る。銀の髪がふわっと揺れて、その髪の香りがラドラスの鼻にも届くのではないかと、ラドラスに錯覚させた。
「はい、なんでしょう」
ラドラスはその瞳を見た。
(俺のような男と、なぜ結婚などを許したのだ?)
青い瞳が、怪訝な色で陰る。
「……ラドラス様?」
胸が絞られるように痛んだ。
それは、こう考えてしまったからだ。
(……兄上を好いているからなのだろうな)
優しく、気高く、賢く、そして皆からの信頼も厚い。小国とはいえ、一国を統べる王でもある。尊敬されるべき、兄。
自分との出来の違いを、否が応でも感じ、認めざるを得なかった。
「……いや、なんでもない」
ラドラスはニルヴァから逃げるようにして、踵を返すと、自室への廊下を足早に歩いていく。
背後でドアの閉まる音がして、さらにラドラスの胸を打った。
(……兄上を、愛してるのだろうに)
ラドラスは唇を引き結んで、その歩みを速くした。
自分の顔など見たくもないだろうと思い、長い廊下を隔てた自室より一番遠い部屋を、ニルヴァの部屋としてあてがった。
(俺なんかと、……嫌いな相手と結婚など、したくないだろうに)
ぐるぐると頭を巡る思い。
(だけど、俺のものにしたい)
自室のドアを開けて、部屋に入り、後ろ手にドアを閉めると、ラドラスはベッドに倒れ込んだ。
(このまま俺の、妻に……無理にでも、俺の、)
汚い欲求が湧いて出て、ラドラスを支配していく。身体も心もそのどす黒い欲求に侵されて、どんどんと重くなっていくような気がした。
雨上がりの泥濘にでも、ずぶずぶと沈められていく感覚。
ラドラスは泥まみれの中、耐えるように目をきつく瞑った。




