第32話「優しさは時に痛みとなる」
「いいですか? フラン。魔法とは自分の中にある見えないものを形にする能力だと僕は思います」
「さすが坊っちゃまです!」
「まぁ、例えばこんな感じですね」
そう言って俺は指先に小さな炎を灯す。
これは前、祭りがあった際に旅芸人の一座の一人がやっていた魔法だ。
炎をイメージして指先に集中するだけなのでとても簡単な魔法と言えるだろう。
「さぁ、フランもやってみて?」
「いきますよー! えいっ! えいっ!」
そう言ってフランは指先に力を入れているように見えるが、指先にはなにも変化が起きない。
この特訓を始めてから2週間が過ぎようとするのだが、一向にフランの魔法が発動したことはない。
俺自身、感覚に頼ってるところがあるので、他者に教えることに向いていないのかもしれない。
「ひぇー、坊っちゃまは流石ですね! やはり、天才ですよ!天才! 」
フランは額に少し汗を滲ませながら俺を見やる。
「そんなことないですよ。魔法なんてキッカケがあれば誰でも使えると思いますよ!精進していきましょう」
と、慰めの言葉をかける事は簡単なのだが、こうも進展がないと別の原因が考えられる。
ーー母様に一度聞いてみるか...
「ーーと、言うわけなんですよ。母様」
「才能ね」
「いや、息子が可愛いからってそういうのはいいですから... ...」
「いえ、魔法は完全に才能なのよ。その人の魔力の総量、質で使える魔法とその性質が変わってくるわね」
「えぇ、じゃあフランはもう... ...」
「あの子は可愛いから雇ってるのよ。マスコットよ、マスコット」
「フランにごめんなさいをしなければいけないですね......」
「フランもこの事は知っているはずよ? 常識だもの」
「じゃあなんでフランは僕に魔法を教わろうと... ...」
「それは自分で考えなさいな。 ただ、魔法っていうのはさっきも言った通り、魔力の総量とその性質によって使える魔法が変わってくるのよ。 一人につき、一系統の魔法しか使えない。これは常識なのよ」
「僕は天才なのですか」
「でもまぁ、この世界に二系統の魔法を使う人物は何人かいるわね」
「じゃあ僕はちょっと出来のいいくらいなのですか」
「いえ、二系統の魔法が使える人はたしか世界で7人。それぞれの者がもう齢80歳を越えている方ばかりだったはずよ。 二系統のマスターなんてそれ相応の時間がかかるのよ。それに、いくら修行してもできない人にはできないわ... ...」
「つまり、僕は!」
「天才ね」
母様との会話を終えて自室に帰る途中にフランが見えたので声をかける事にした。
「フラン」
フランは僕を見つけるとにこやかに返事した。
「何か御用ですか? 坊っちゃま」
「いや、用ってほどじゃないんだけど、ちょっと話したい事があるからさ! 僕の部屋来なよ」
「ぼ、ぼっぼっ、坊っちゃま!!! そういう事は軽々しく言ってはいけませんよ!」
ただ、今までの事を謝ろうと思って...
「坊っちゃまはパラディン家のご子息なんですから、家のメイドに手を付けたとなったら問題になってしまいます。 それに私、人妻ですし... ...」
あー... ...
「いや、そう言うんじゃなくてね。魔法のことですよ」
そう言って俺は自室のドアを開けて、手近な椅子にフランを座らせる。
「フラン。本当にすいませんでした」
「あー... ...奥様に聞いてしまったんですか?」
「そうです。 なのに僕は自己満足のためにフランを利用してしまう形になってしまいました」
「いいんですよ。私はただ坊っちゃまと一緒に居たかっただけですから。全く怒ってません」
フランがそれを言った時に見せた悲しい笑顔は俺の心を幼ながらに傷付けた。
ーフランは俺にとても優しくしてくれる。
ただ、その優しさにいつも甘えていいのかと言うとそうでもない。
それに、フランにも家族がある。
俺がある程度まで成長したら家族のもとへ帰ってしまうだろう。
優しさは時に痛みとなる。
俺はその日枕を死ぬほど濡らした。