第30話「お前さえ救えたらそれでいいよ」
「ったく、どうすりゃぁあいいんだよ!」
俺は周囲を見回す。
アリスは瀕死、リンクはアリスの治療兼護衛、ルインは攻撃型の呪文がない。
詰んだ。
逃げ出すにしても負傷したアリスを抱えての逃亡は難しいだろう。
なら、どうする?
アリスを見捨てる?否、そんなことはできない。
現状戦略になるのは俺だけか。
俺がなんとかしてあの化け物を倒しちまうってのが早いんだろうけど、生憎俺にそんな力はない。
「リンク!」
俺はリンクに向けて声を張り上げた。
「ヤマダくん!それはできない!」
あぁ、...... 勘のいいやつめ。
これだから、勘のいいガキは嫌いだよ。
「黙れ!俺は約束したハズだぞ!危険になったらッ」
俺が言葉を言い終わる前にキラーアントの攻撃が俺に襲いかかる。とっさに回避を行なったが、俺の左腕は無残にも吹き飛んだ。
「リンクッ!アリスを抱えて逃げろ!ルイン!リンクを援護しろ!」
「マスターッ!」
「来るなッ!」
「ルインちゃん!」
リンクはルインの肩を掴むと自らの方へ引き寄せる。
「なぁに!後で追いつくさ!まあ、先に行って待っててくれや」
俺は右手に魔法陣を展開しながら、女王アリを見据えた。
ーーリンク視点
ヤマダくんは死ぬつもりだろう。
僕は彼のことを過剰評価し過ぎていたのだろうか。
危なくなったら逃げる。
なったらではダメなのだ。
危なそうなら逃げる。
冒険者の基本理念に生きて帰ること、というのがいつも念頭にくる。
だが、彼は心なしか無鉄砲なところがあった。
保守的な冒険者の中で彼だけが唯一、冒険していたのだ。
そんな光るような光景を見て僕は彼に憧れた。
決して強くなくてもいい。
けど、後悔しない選択をするような人間に。
僕はアリスちゃんを抱えて洞窟の入り口まで走る。
傷口は粗方塞いでおいたが、それでも血が足りなさすぎる。
彼女が非常に危険な状態なのはなんら変わりない。
彼の想いを引き継ぐなら、この子を絶対に死なせてはいけない。
いつか、彼が戻ってくるまでは。
ーーヤマダ視点
身体から温度が失われていくのが分かる。
何か面白い冗談を言いたいところではあるが、言葉にすることもできない。また、考えることすらできない。意識が朦朧とする。
視界がブレ、焦点がどうにも合わない。
女王アリはどこだ... ....。
先ほどまで俺を喰らわんとしようとしていた女王アリの姿はなかった。
深い闇の中。響くのは俺の荒い息使いだけ。
寒い。寒い。寒い。
なんだよこれ... ...。
すっげぇ、怖いじゃねえか...。
「ぁあ゛... ...しにたく......」
声にはならない。ただ、想いだけは強くなる。
「ねぇなぁ...」
「はぁ、わっちはまた出られんのか」
ーー誰だ。
「かっかッ。名前など、とうの昔に捨てたよ」
ーー怖いんだ。
「ほぅ、何が怖いんじゃ?」
ーー死にたくない。
「ふむ。お主、迷い子か」
ーーわからない。
「お主を助けることは、わっちにはできん」
ーー俺は、死ぬのか?
「そうじゃな」
ーー嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死にたくない。
なんでだよ。
なんで俺は死なないといけないんだよ。
なんで。
なん...で...
な....ん...
.... .... ....で...........
身体から力が抜けて行き、軽くなる。
俺はそこで意識を手放した。