#376 Yuesleone's Thoroughfare. 13 P.M.
奥にあった受付のようなところで二人は他の者たちが羽織っているような黒いローブを受け取ることが出来た。無償で配っているようであり、金銭は一切要求されることはなかった。
葵は手当たり次第に歓談中のシェルケンたちに話しかけていく。後ろをついて行く自身のことを紹介しつつ、何やら楽しげに話している様子を彼女はじっと観察していた。
ある者は二人を怪しんでいたが、すぐに葵の口車にまんまに載せられてべらべらと話し始めていた。そんな中、相手の長髪の男が口に出した言葉に七海は惹きつけられた。
"Deliu cirfen snenik io coss klie niv fal fqa."
"Harmie?"
"Mer, ers cirfen snenik fua kliergo niv......"
"La lex'd cirfen snenik es harmie ――"
問い詰めようとしたところで、葵に袖を引っ張られていたのに気づく。彼は七海の耳元で小さく「……曜日名だ」と短く呟いた。
後に不思議そうに首を傾げる男性に肩をすくめながら、言葉を続けた。
"...... Selene ci nunerl elx es ny la lex. harmie deliu la lex'd snenik io miss klie niv. Fhasfa klie?"
葵に問われると、男は憚るような横目遣いで周囲を見た。そして聞こえるか、聞こえないかの声で小さく呟いた。
"Dyin io l'elm lartassa'd panqa klie. Mi nites elmi'esm pelx cene niv lkurf la lex xale iulo fal xerf ytarta."
二人は互いを顔を見合せた。
ストレートに葵の言っていることが実現されるとは露とも思っていなかった七海も今やその男の一挙手一投足に神経を尖らせていた。雰囲気の変化は男にも伝わったようで、少し怪訝な様子の彼は脚を組み直して、建物に寄っかかる身体の重心を居心地悪そうに動かした。
"jol coss fiuston klie fal snenikestan felx deliu pusnist la lex. fankasa'st haltxergo at is le sneiet gelx deliu niv klie larta's zelx selene niv elm."
"Hmm......"
葵は悩むような仕草をしてから、しかしこくりと頷いて相手に "firlex" と述べてから、その場を去った。七海は背後の男が少し安心したような顔をしているのを横目に、その後を続く。
「トントン拍子ってところね」
「ま、俺にかかればこんなもんよ」
二マッと笑みを見せる彼に対して、七海はいつも通りの澄ました顔で返すのであった。
- - - -
「それで、あの時言ってた裁曜日って何なの? さっきも良くわからない単語が出てきたし、異世界にも七曜があるってわけ?」
得るものを得た二人はホテルまでの帰り道、大通りを歩いていた。もちろん怪しげな黒いローブはすでに手持ちのバッグに詰め込んでしまって、私服姿に戻っている。
七海が道中葵に問いかけたのは、男性との会話の途中に出てきた "cirfen snenik" という表現のことであった。それ以前にも葵は "ciumil" という表現を使っていたが、どうにも聞いたことが無いものだった。
葵はそれを聞いて、肩をすくめた。
「まあ、翻訳上の問題だな。ユエスレオネ……というかファイクレオネでは一般的にピリフィアー暦を用いるが、シェルケンたちは修正リパラオネ暦というものを伝統的には用いている。前者は "dodok", "kiedesn", "dukip", "duliest", "snujisn", "jyniev", "sninist", "yrkana" の八曜日で整理されていて、俺の兄――浅上慧は前七つを月火水木金土日曜日と訳して、最後の第8曜日を『由曜日』と訳した」
「由……音訳ってことかしら」
「そんなところだろうな。それで、後者の修正リパラオネ暦の方だが、こっちは "cirf", "feciat", "inferm", "ciumil", "kirk" の五曜日で整理されている。これらに同じ月火水……を当てはめるのは紛らわしいだろ? だから、開曜日、弐曜日、中曜日、裁曜日、閉曜日と訳したのさ」
七海は首を傾げる。
「さっきとは違って、音訳には聞こえないわね」
「そのとおり。こっちは語源に由来した翻訳になってる。第1曜日は『週が開かれる日』、第2曜日は『週の二日目』、第3曜日は『週の真ん中の日』、第4曜日は『裁きの日』、第5曜日は『週が閉じられる日』という語源なのさ。それぞれ一文字で翻訳したってわけだ、俺の兄は天才だろ?」
「……いや、裁きの日って何よ。ヴェルディか、モーツァルトか何か?」
「Dies iraeじゃねーよ……と言いたいところだが、これの語源は実はよく分かってねえんだ。外来語から来ているというのが通説らしいが、それはそれでなんで『裁きの日』なのかは良く分からん。お前が言う通り、宗教関連なのかもしれないな」
「ふむ……なんかスッキリしないわね……」
「まあ、地球の言語でもスッキリしないことなんて幾らでもあるからな。異世界言語なら尚更だろ」
七海はそんな言葉を聞きながら、視線を道端から空へと移す。
外国に居ても空は繋がっているというが、異世界の惑星ならどうだろう。暦も違うなら、宇宙もまた違うのだ。かの詩人の言葉を借りるならば "I don't know the moon, And this is an alien city." と言ったところだろうか。
そんなことをぐるぐると脳裏に過ぎらせるのであった。




