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#375 虎穴に入らずんば


 薄暗い路地の向こう側、表の通りからは容易に見えないような入り組んだ道の先に彼らの集会は存在していた。聞こえてくるのはそれまでのリパライン語と似て非なる言語だった。七海には、これが古典リパライン語であろうことは容易に想像できた。故に彼らの会話がほとんど理解できないことは納得ができた。

 多くの者たちは黒いローブに身を包んでいた。それが彼らにとっての正装なのだろう。そんななか、カジュアルな普段着のようなものを着ている七海と葵は周囲からの注目を集めていた。発案者で自信ありげだった葵も居心地の悪さに緊張を感じて、動きが固くなっていた。誰に声を掛けようかと悩んでいたところで、一人の黒ローブの男が彼に声を掛けた。


"Salarua, cossasti. Fqa p'es cierjustelo xelken, coss klie niv julesn voklisal?"


 周囲が不安と忌避の視線を向けてくるなか、彼の態度は人一倍柔軟だった。口調は穏やかで、とてもじゃないが東京で民間人を無差別に殺戮し、近代的な戦力である自衛隊を圧倒しかけた武装集団と同じ系統のグループだとは七海には思えなかった。そして、実際にそうなのだろう。世界は勧善懲悪でクリーンに切り取ることが出来ること綺麗には出来ていないのだから。


"Edixa misse's xelkene'c vxorlnes mal fqa'l klie."

"Hmm......"


 葵の言葉に男性は不思議そうに首を傾げる。七海には、どうにも葵の言葉の真意を探っているようにも見えた。シェルケンは連邦とも敵対している。ともすれば、シェルケンとの関係が薄そうな私達は真っ先に彼らに公安か何かと勘違いされることだろう。いや、それにしては粗末な「仮装」ではないか。

 もう一つ、気づいたことがあった。先程、葵は自然にリパライン語の語順を弄って発話していたのだ。通常であれば、リパライン語の口語での規範的な語順は主語・動詞・目的語の順番である。これはファルトクノアの反政府組織の首班――イプラジットリーヤ某の言葉を聞いて分析して得た知識だ。七海には新鮮な知識だったが、それに反する語順から葵の意図を汲み取ることも出来た。シェルケンたちが話す古典リパライン語に影響された現代リパライン語を再現しようとしているのではないか? そう思えたのだった。実際のところ、男性は未だに悩んでいる。


"Firlex, mi xuxes coss pelx shrlo notul iulo'i es niv."


 ややあって男性はそのように答えた。葵はそれに短く感謝の言葉を述べてから、会場の内部へと入っていく。

 言っていることの全てが理解できた訳では無いが、一介の諜報員の耳にはどうにも自分たちの参加を許してくれたようにも聞こえた。こちらを一瞥する葵の後を、髪をかき上げながら七海は追う。二人は高鳴る鼓動を抑えながら、異世界人たちの間を分け入るのだった。


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