#372 Made in Yuesleone
翌日、課長の言っていた通り、ユエスレオネ連邦から送られてきたらしい男が車を回してきた。相手はたどたどしい英語で話していたが、七海側のコミュニケーションは同行していた葵が流暢なリパライン語で話し始めたために完全に先方の言葉になっていた。
かくして、小柄なフードの男子高校生とスーツ姿の女諜報員の二人は異世界への移動の拠点である『魔港』に到着したのだった。
"torkjor'd ispien werlfurpu'd dojiej:"
七海は未だに見慣れない異世界の文字を見上げた。
内調の先行調査、そしてユエスレオネでの調査でリパライン語についてはある程度知っているつもりだった。その文字であるリパーシェ文字については真っ先に暗記に取り組み、七海は一日でそれを習得している。よって発音は分かるのだが、やはり単語を覚えるのは時間と機会が必要な仕事であった。
葵は深く被ったフードの中から七海を見上げていた。
「それは、『東京国際ウェールフープ空港』って意味」
「……『魔港』ではなく?」
目を細めて聞き返す。
七海には "werlfurpu'd dojiej" という言葉に聞き覚えがあった。ユエスレオネ連邦との接触以来、東京に設置された異世界との航行で用いられるウェールフープと呼ばれる異能技術、それで動く交通機関が行き交う場所は『魔港』と呼ばれていたはずだった。
葵はそんな七海の問に首を振って答える。
「そんな、2010年代のラノベみたいな翻訳で言われてもな」
「私は外務省でそう言っていたのを実際に聞いていた身なのだけれども」
「直訳はウェールフープ空港なんだから、素直にそう言えば良いのに役人連中の考えることはさっぱりだな」
両手を横に出して「やれやれ」のポーズをする葵をよそに七海は真っ直ぐ行先を見据えて、歩みを進めていた。
二人は連邦政府から送られた男にチケットを渡されていた。簡単な英語でのゲートと便名の説明も受け取っている。七海はゲートの近くのベンチで数分おきに更新される掲示板の表示を確認していた。時が来ればすぐに乗ってしまおうと考えていたのだった。
そんなところに葵がどこかから買ってきたハンバーガーとドリンクを両手から七海の横に置いて、どかっと隣に座る。
「さて、ただ単に待っているってのも面白くねえ。お前がどれくらいあの世界に通じてるか、試そうじゃねえか」
「……何をいきなり、馴れ合いをするつもりはないけど」
「馴れ合っておかねえと、戦地で生き抜けないだろ」
七海の不満げな顔にも関わらず葵は彼女に一枚の紙を差し出した。
そのタイトルには「fua vxorlnajteser xelkene'lt :」とあった。
受け取った七海の顔は何か感じたものがあったのか、怪訝そうに葵を睨めつけていた。




