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#369 Blue jay's feather turn red again


 イプラジットリーヤの元を去って、家へ向かう間にPHSに連絡が入った。豊雨の方からの連絡で、大使館の方で時間を取って事務処理を行いたいとのことだった。彼女は「出さねばならない書類がたんまりと溜まっているんですよ~」と言いながら、なぜだか上機嫌だった。


「なんだかな……」


 周囲を見渡す、一見して普通の都市の風景だが、なんだか雰囲気が違うように感じる。ルーリアなどの祝祭の雰囲気ではない。もっとひりついたような緊張が街を支配しているように感じられる。

 ファルトクノア共和国政府はMLFFの支援するラッテンメたちに対して、日に日に厳しい態度を取るようになっているらしい。流し見の新聞の顔、その一面にはMLFFのうちでも過激派がテロ攻撃を繰り返し、政府軍が摘発の手を強めているという見出しがおどろおどろしいフォントで書かれていた。

 扇動的(デマゴーグ)なタイトルがどれだけ信用できるかは別として、政府が圧力を掛けているのは間違いない。町中に自動小銃を携えた歩哨がちらほら見えるようになった。状況は悪化している。イプラジットリーヤたち穏健派にとっては、この状況はひどい痛手であろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、またPHSが着信音を鳴らした。目の前にはもう大使館が見えているというのに何の用だろうか。今日は良く電話が来るな、と思いながら通話ボタンを押すと、いきなりの大声が耳をつんざいた。


「八ヶ崎さん……っ!! 今すぐ大使館に……えっ? 尾崎さんと連絡が取れない? 分かりました、緊急連絡網を――」


 豊雨は電話を掛けてきて、すぐに別の誰かと話し始める。大使館職員らしい。背後でバタバタと小走りする音、複数の紙が擦れる音、鳴り響く電子音、そして、焦りながら何かを確認し合う人の複数の声。

 明らかに尋常じゃない状況だった。


「雪沢さん、雪沢さん、落ち着いて状況を説明してください」

「八ヶ崎さんこそ落ち着いて聞いてください」


 豊雨は息を整え、一拍おいてから、次の事実を述べた。


「内戦が始まりました」


----


 何が起こったのか。

 単純で、分かりやすい事実を表す一語、それは「内戦」だ。


 今日の正午を皮切りにファルトクノア全国でMLFF率いる「解放軍」の蜂起が始まった。九つあるファルトクノアの州のうち、北部4州は既に陥落状態。日本大使館がある首府イ・ルヴィツァでも散発的な戦闘が繰り返され、市民に死者も出ている。共和国政府は全州に戒厳令を下し、外国人の外出を最大12時間禁じるとした。

 イプラジットリーヤは様々な国に交渉をして、失敗したと言っていたが、それが本当であれば、MLFFは外国人にヘイトを向けているかもしれない。もしそうであれば、日本大使館は格好の標的になるだろう。


「……というのが今までの経緯です」


 豊雨は理路整然に現状を説明してくれた。言葉からは理性的なのが分かるが、顔面は青ざめていた。

 彼女の横に立つのは、丸眼鏡の自衛隊幹部谷山だ。彼もまた、毅然とした雰囲気を出しながらも、何か心配そうな雰囲気を醸し出していた。


「一応こういう状況に備えて脱出計画は立ててある。既に大使は空港に向かっていて、僕たちも順次車列で脱出する」

「でも、尾崎さんが……」


 心配そうな声色の豊雨に谷山は頷いてみせた。


「彼を置いて行くことはしない。最悪、僕が残って彼を空港に連れて行くから、安心してくれ、ゆーちゃん」


 頼れる発言をした直後、大きな爆発音が空気を揺らした。爆炎と煙は窓の向こう。凡そ2、300m程遠くに黒い煙が見えた。間を開けずに始まる銃撃戦は、遠くからでも充分職員たちを怖がらせていた。


「職員は全員窓から離れて! 爆発での飛来物は時間をおいて来ることもあるから、怪我するよ!!」


 そんな彼らに即座に指示を出すのは、谷山だ。大使館の中枢たる大使とその取り巻きが居なくなった今、彼らを指揮するのは幹部の経験を活かせる谷山くらいだったのだろう。彼は芯の抜けた組織に秩序を与えていた。


「谷山さん、尾崎さんと一緒に脱出するなら、俺もここに残ります」

「ダメだよ」


 有無を言わせぬ即答だった。


「高校生に無茶はさせられない」

「ウェールフープに通常の武器で太刀打ちしようとするのは無茶です。機銃付き装甲車だって、ここにはない。尾崎さんの状況も分かっていないなら、俺がついていったほうが生存率が上がるはずです」


 腕を組んで悩ましい表情になる谷山。そんな彼を豊雨は、固唾を飲んで見守っている。


「分かった。でも、安全に脱出できる最後のチャンスは僕が判断する。そのときは君はここから避難してくれ」

「分かりました」


 状況は逼迫している。尾崎がどういう状況かもわからない。自分を危険に晒すことになるかもしれないが、一方でこれはシャリヤに近づくチャンスにもなる。

 XelkenとMLFFに繋がりがあるなら、MLFFの捕虜になって上手く立ち回れば、Xelkenに繋がる道を見出すことも夢ではない。

 そんなことを考えながら、俺は脱出の準備をする豊雨たちを見守るのだった。


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