#364 異世界のインスタント食品って?
アパートから出ると、街は先日と比べて少し賑わいを増していた。ここから見える店先には "Niejod fua lanerme dytysn routu'd alve!" という文言が掲げられている。よく考えてみれば、大分寒い季節なのでもしかしたら「新年」ということなのかもしれない。そうなれば "rout" というのは「年」の意味なのだろう。ラネーメという前置きがあるのは、現行の暦とは異なる暦の正月(現世で言うところの旧正月など)に当たるのだろう。
そんなことをつらつらと考えながら歩く。一体何を食べたものだろう。ユエスレオネで売っているもので地球の料理が可能かも良く分からない。しかしまあ、挑戦すべきなのだろうか。常に外食ばかりでは体に悪いだけでなく、出費が嵩む。外国に住んでいるときこそ、予備費を貯めておくことは重要だ。身銭がなく旅行保険なんかに入れていない俺にとってこそ、まさに大切なことだ。
ため息を吐きつつ、街を歩いてゆく。近くにスーパーのような小売店があれば良いのだが……と探しているところ、店先に野菜などを出している店舗が目に入った。まず、あそこから探ってみよう。
(とはいえ、自炊なんて経験ないんだよなあ……)
取り敢えず、目に入った "destok" の文字に近寄る。三種類ほどの芋がバスケットにたんまりと入っていた。それぞれ "aspurn", "luper", "cheptiska" という名前らしい。一番最初のはジャガイモによく似ているが、後の二つは日本では見ないような形のイモだった。
どれを買うかと迷っていると、視界の端から見覚えのある人影が迫ってくるのが見えた。
オレンジ色のボブカットに特徴的なひし形の髪留め。少々ツリ目気味の黄緑の目は興味深そうにこの店に向いていた。
"Nierchesti, salarua."
"Ar, Co at klie fqa'd diepoja'l! Salar!"
ニェーチは俺を認めると、手を振って挨拶をしてくれる。ピースサインの指先を数回曲げるジェスチャーを伴って、だ。地球で言えば「エアクオート」だが、異世界に来れば意味も変わるだろう。俺もぎこちなくそのジェスチャーを返すと、彼女は元気な笑いで答えた。
よく見ると服装は今朝のとは異なり、オフらしい緩いカジュアルだ。彼女も何か買い出しに来たというところだろうか?
"Jol harmie co dosyt fal fqa?"
"Ers la farstan ja!"
いきなり出てきた言葉は理解できなかった。俺が不思議そうな顔をしていたからだろう。ニェーチは単語を知らないことを察したのか、「こっちに来てみな」とばかりに手振りで店の奥へと招いてくれた。
彼女を追うと、確かに棚の上の方に "la farstan" と書かれているのが見えた。棚に並んでいるのは袋やカップ状の手軽な包装に入っている何かだ。包装に書かれているのはスープであったり、カレー様の食べ物のようだ。
(なるほど、インスタント食品ってことか)
おそらく "la" が付いてるのは、"fenxe baneart" を避けるために "fenxe la baneart" と言うことと同じようにそのまま使うと何か不都合がある名詞だからなのだろう。
ニェーチはその中から幾らかの袋やカップを選んでカゴの中に入れていく。
"Co lolerrgon knloan la farstan?"
"Als snenik io knloan niv la lex ja. Mi ekce vxorlnes iccostana'd la farstan fal sysnul."
"Firlex,"
確かに異国のインスタント食品が気になる気持ちは分かる。カップ麺はどう考えても日本のそれが異世界を越えても一番だと思うが、現地ならではのレトルト食品もあることだろう。インド先輩はインドに居たときに現地の◯清食品から出ているカップラーメンを食べたらしいが、それよりも現地のネ◯レが出しているインド風炒め麺のほうが美味しかったと言っていた。
一応、ニェーチが選んだ物と異世界っぽいインスタント食品を選んでカゴに入れる。
"Lecu ete'd snenik io miss lkurf mels elx edixa knloanerl ja!"
"E firlex. Selene wioll mi knloan doisn mors ja."
肩をすくめて言うと、ニェーチは快活に笑って答えた。
"Lirs, harmie is mels sysnulu'd akrantierl fon vean?"
"Ja, edixa la lex is fafsirl ja. Miss nat qune niv ny la lex. Harmue ler klie. Harmie is fal coval?"
"Mi nat melfert niv mels la lex."
そう答えると、彼女は不安げな表情を浮かべる。
"Deliu co at set tisod mels la lex."
"Liaxu mi firlex ja."
お互いの別れ際は少し湿っぽくなってしまった。彼女も同じような立場であるがゆえに俺を心配してくれているのだろう。ヴェアン、そしてその背後に居るユエスレオネ連邦の人間が何を考えているのか、それを明らかにしなければならない。もしかしたら、シャリヤへの道を妨害するようなものかもしれない。それなら、俺は策を講じる必要があるのだ。




