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#347 延長戦の開始


「さて、やっと情報共有出来るなあ……」


 目の前の葵は疲れを顔に滲ませながら、そう言った。

 最初の一週間は怒涛のごとく過ぎ去っていった。ユエスレオネとの接触は通訳である俺たちを四方八方へと引きずり回すことになった。一方で、外務省研修所では語学研修を職員たちにする必要があって、その教程や教材づくりまで丸投げされているせいで休む暇もない。

 端的に言って地獄だったが、この日はやっと三人が空く時間を見つけて集合できていた。これからもこの調子が暫く続くことを考えると、顔を合わせる貴重な時間だった。

 浅上が手を上げた。


「俺から説明させて欲しい」

「何か分かったことがあったんですか?」

「ああ、どうやらまだデュイン戦争は始まっていないらしいってことだ」


 葵はその言葉に頷く。


「こっちの方でもそれらしい情報は無かったね。ユエスレオネ連邦の構成主体はどうやらシェユだけみたいだ」


 話を聴きながら、自分の認識もすり合わせていく。

 ターフ・ヴィール・イェスカによる革命で成立したユエスレオネは成立当初、三つの領域に分かれていた。長方形を三等分するような形で区分けされた地域のことをリパライン語では "xeju" と呼んでいるらしく、今のユエスレオネの連邦構成主体はその三つのシェユ――西側からアル・シェユ、フェーユ・シェユ、クワク・シェユ――ということになる。


「先輩、設定ではデュイン戦争はどう起こるんですか?」

「デュインともファイクレオネとも異なる異世界カラムディアのハタ王国からカリアホ=スカルムレイという人物がユエスレオネに来訪するんだ。それによって外務省大臣が勝手に国交を結んで、更迭されることから始まる」

「け、結構酷い始まり方なんですね……」


 少しばかり呆れるとともに、その名前は色々なことを想起させた。前の世界線でシャリヤが無意識の間に射殺したカリアホ=スカムルレイ――彼女が統治する国は確かハフリスンターリブという反政府組織が跋扈していて、シェルケンと共謀して人を拉致したり、殺戮したりしていたはずだ。それで全てが繋がった。

 カリアホが統治するハタ王国から拉致された人々がデュインに送られ、シェルケンの監視下で古典リパライン語を強制される。カリアホは彼らと連携するハフリスンターリブの逮捕者筋などから情報を得て、ウェールフープを使える人間と共にユエスレオネにやってくる。シェルケンを敵視していたイェスカ政権はハタ王国と連携して、デュインのシェルケンたちに戦争を仕掛けるという流れだ。

 浅上は腕を組み、難しい顔をする。


「広大なデュインの全域を探すわけにはいかないしな……何か少しでも手がかりがあれば良いんだが」


 そんな彼の呟きに一つひらめいたことがあった。


「そうだ、フィレナに聞いてみればデュインのどこに行ったのかある程度目星が付くかもしれない!」

「フィレナ……ああ、あのシェルケンの捕虜か」


 葵が思い出したように呟く。


「基地に居たシェルケンがシャリヤを連れ去ったなら、彼らの行く先をある程度知っている彼女の情報は確かに当てになるかもしれないな。だが、どうやって会いに行くんだ」


 浅上の疑問にハッとした。

 そう、現在フィレナは捕虜として自衛隊の管理下にある。近いうちにユエスレオネ連邦に身柄を移送されるらしく、その打ち合わせでの通訳も俺たちの役目になっていた。


「ちょっと待て、その捕虜移送の打ち合わせって、俺の明日の仕事じゃないか?」


 そういって葵は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。俺たち各人に外務省の役人が毎日渡している職務スケジュールだ。そのうちの一行に「捕虜移送に関する打ち合わせ」という記述が存在していた。

 俺は葵の肩を持って、その顔に迫る。


「その仕事、俺のと交換してくれないか」

「え、ええ?」

「フィレナと会うチャンスを作るには時間が必要だ。俺が交渉の通訳をしてフィレナを残らせるように細工する」

「……八ヶ崎、それは通訳者の倫理に反するぞ」

「別にフィレナの送還を阻止するわけじゃないんですから良いじゃないですか! それに時間があると分かれば、別に細工をする必要はないんですから」


 浅上は後頭部を書きながら、不承不承という顔で黙り込む。


「良いだろ、葵。仕事を取り替えるだけだ」

「ん、まあ、良いがそっちの同じ時間の仕事は一体何なんだ?」


 フィレナだけに集中していて完全に失念していた。そういえば、と思って自分の職務スケジュールを取り出して開くとそこには奇妙な文字列が並んでいた。

 固まる俺の横から、二人が覗き込んでくる。


「なになに……ユエスレオネから依頼されている文化交流の一端としてお互いの世界の『詩』を語り合う……って、やけに難しい内容だな」

「俺だってシェルケンの私的な文章を訳したんだから、葵にだって出来るはずだ」

「にしても、こんな邂逅の初期段階にのうのうと文化交流なんてよく出来たものだな……」


 三人は呆れつつ、その記述を眺めるのであった。


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