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#346 デュインを目指して


 ユエスレオネ連邦。


 異世界ファイクレオネの空中に浮かぶ巨大な空中要塞――ユエスレオネで起きた革命(ショル)によって成立した連邦国家。首相はターフ・ヴィール・イェスカであり、浅上によればシェルケンの地球への侵略を察知して彼女は軍隊を送ったのだという。

 以前あったイェスカは最終的に自殺した。つまり、そこまで含めてここは世界線が大きく違うということになる。


 ユエスレオネ連邦軍がシェルケンたちを追い出した今、俺と葵と浅上は神奈川県相模原市に位置する外務省研修所の一室に居た。フィレナは自衛隊に捕らえられてから、離れ離れになってしまった。谷山に紹介を受けたのが外務省のつてで、それで俺たちは今ここに居る。

 厳重な警備の中、役人が映写されたスライドにポインターを向ける。


「諸君に集まってもらったのは他でもない。リパライン語について知識がある数少ない日本人だからだ。ユエスレオネ連邦との交渉のために君たちには、外交官にリパライン語を教えてもらう。もちろん、待遇は保障する。外務省宿舎に三人の部屋を用意しているし、語学研修職員として……」


 べらべらと喋り続ける外務省職員の言葉は右耳から入って、左耳に抜けていく。頭の中はあることでいっぱいになっていた。


(シャリヤ……)


 インド先輩の無事は確認できた。しかし、肝心のシャリヤが未だに見つかっていないのだ。ユエスレオネ連邦軍に誤って殺められたという最悪の事態も覚悟したが、それらしい死体が発見されたという報告はない。

 制圧された基地の中からすっかりシャリヤの姿が消えてしまったのだ。これほど不思議なことはない。もしシェルケンがシャリヤを他の世界に転移させたとして何の意味があるのだろうか。


「……君、八ヶ崎君!」

「は、はい!」


 考え込みすぎて、職員に呼びかけられているのに気づかなかったらしい。プロジェクターに半身照らされている職員は呆れ顔で俺のことを見た。


「話を聞いていましたか?」

「いえ、すみません、少し疲れてるみたいで……」

「そうですか。まあ良いでしょう。今聞いていたのは皆さんのリパライン語学習歴です」

「多分二、三ヶ月とかそこらだと思います……」


 そういうと浅上は目を剥いて、こちらに首を伸ばしてきた。


「ちょっと待て、俺が十年掛けて作った言語を二、三ヶ月でマスターしたっていうのか!?」

「いやいや、そうじゃなくて!」


 浅上を押し返すように手で追いやって、一呼吸おく。というか、作った期間と習得に掛かる期間は別物だろう。プログラミング言語のBASICが50年以上前に作られたからといって、基礎の習得に50年掛かるはずもない。

 それに。


「マスターなんてとんでもないですよ。未だに分からない単語とか文法が……って、もしかして先輩、作者ってことは全部わかるんですか!?」

「いや……」


 浅上は葵と顔を見合わせて、バツが悪そうに目をつむる。


「奇妙なことに俺が作ったリパライン語と現実のリパライン語は結構違う点があるんだ。俺たち三人が理解できる内容はお互いに同じ程度らしいな」


 職員は俺達の会話に耳を傾けながら、腕を組んだ。


「本当にこんな調子の人間に外交官を教えろっていうんですか」

「しばらくは実際に通訳の現場に出ていってもらうことになると思う。同時にリパライン語を理解することが出来る外交官を養成してもらう」

「はあ」


 俺たちが通訳や語学養成に関わるのも不思議なことではない。アメリカの研究者チームのリパライン語能力は俺達のリパライン語知識に比べて不正確で劣っていたことがすでに分かっている。幾らその能力が微妙であっても、国内に居るリパライン語知識人のうち一番理解度が高いのは俺たちなのだ。


 職員による説明が終わった後、俺達は与えられた宿舎のうち浅上の部屋に集合していた。これからの予定を考えるためだった。

 浅上は首を傾げ、怪訝そうな顔をしていた。


「アレス・シャリヤ……?」

「ええ、俺と一緒に異世界から来たリパラオネ人の女の子です。覚えてないですか?」

「慧にい、俺は彼女をちゃんと見た。銀髪に蒼目をしてた。にいが残した資料にあるリパラオネ人の設定と同じだ」

「ふむ……」

「この人は慧にいを探すために俺に協力してくれたし、命を張ってくれたんだ。探すくらい造作も無いだろ、慧にい」


 腕を組んで、考える仕草をする浅上。そう、前の世界線では彼は異世界の全てを創造していた。こっちでは彼の創作ということになっているが、それでも何も知らないよりマシだろう。


「そのシャリヤちゃんは恐らく急いで異世界に逃げ出したシェルケンと一緒に居るんだろうな。出来ることは仕事をこなしながら、ユエスレオネ政府に失踪を届け出するくらいだろう」

「何か確実な方法は無いんですか……?」

「ふむ……無いこともない」


 そういって、浅上は床に無造作に投げられていたバッグを手繰り寄せ、中から何枚かの紙を取り出す。


「シェルケンに関する設定資料ですか」

「ああ、シェルケンと言っても一様でなくてな。ほとんどは穏健派で、こっちに攻めてきたシェルケンは過激派のシェルケン・ヴァルトルという派閥だ。今はあっちの暦でいう2003年から2004年6月19日の間のどこかで、この間にデュイン戦争と呼ばれる大規模な紛争がユエスレオネのある異世界ファイクレオネとは別の異世界デュインで行われている。この戦争の発端になったのがシェルケン・ヴァルトルなんだよ」

「つまり、シャリヤはそのデュインに居る可能性が高い……」


 浅上は首肯した。


「地球とあっちが邂逅したことがどれだけ設定や歴史に影響を与えているのか分からないが、とりあえずどうにかしてデュインへの切符を取る必要がある。そのためにはまず仕事の中から情報収集をすることだ。少なくとも一週間に一回は集まって、お互いに情報を共有する。それで良いな」


 三人は浅上の言葉に首肯する。

 また、翻訳やら通訳やらの日々が始まる。しかも、シャリヤ抜きでだ。そう思うとなんだかめまいがするような感覚を覚えた。


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