#313 シャリヤの買い出し大作戦!
"Co lkurf fal cirla?"
シャリヤは心配そうにそう訊いてきた。
ホテルの部屋の中、顔を洗ってさっぱりした様子のシャリヤに》を告げた直後の反応である。
俺はしっかりとそれに頷いて答える。
"Deliu co letix anfi'e zu elx sietiv fal fqa."
"Ja, jexi'ert......"
"Ers dosyto lap gelx jol snietij iulo mol niv."
シャリヤの銀髪を撫でながら、言う。
そう、谷山に与えられた「休暇」に思いついた作戦とはシャリヤに一人で買い物をさせることだった。
文化風習に慣れるためには実際に社会に出てみないといけない。そこで「はじめてのおつかい」を思いついた。ユエスレオネでの俺の体験をシャリヤに追体験して欲しかったというのもある。お互いの体験を理解すれば、絆もより深まるだろう。一人で送り出すのは勿論心苦しいが、シャリヤなら分かってくれるはずだ。
この作戦のため、俺は先日の夜、シャリヤが寝ているうちに色々と準備をしておいたのだ。
「というわけで、こちらをどうぞ」
わざわざ日本語で言ってから、複数の紙を渡した。シャリヤはそれを見て、不思議そうに首を傾げる。
"Fqa es...... lael adit arte'el, nihonavirle?"
"Ja, ekce firlexo nihonavirle es le vynut?"
買い物に必要な資金と地図に加えてシャリヤに渡した紙切れには、道中で注意すべきことと簡単な日本語・リパライン語の対訳会話集が書かれていた。例えば "xace" の横には "a'rigatorgosaimas" とリパーシェで書いてある。日本語の文法を知らなくても、これである程度会話が出来るはずだ。
シャリヤは紙切れをじっくりと見入っていた。
"Wioll jol fqa es suiten."
"Suiten?"
"La lex kantet elx cene luso."
どうやら気に入ってもらえたようだ。しかし、あともう一つ説明しなければならないことがあった。
"Xalijasti, cene co xel lespli mors fal laelestan?"
"Co kantet fqa'd larl?"
シャリヤは地図を開いて、その上にある緑色の点を指差した。どうやら、リパライン語では「点」のことを "larl" というらしい。
その緑色の点は公衆電話の位置を指している。シャリヤの道中にある公衆電話をプロットしておいたのだ。
"Ja, la lex kantet elx cene olfesal mi'l."
"Cene mi olfes fal fqa? Nihon io olfyl mol fua als?"
"Mer, ja"
公衆電話も通信機の一種だろう。間違いは無いはずだ。
その後、シャリヤには電話の掛け方を教えた。ホテルの部屋にあった小型の電話を使って、受話器を取って、硬貨を入れ、ここにまで通じる電話番号を入れる練習をした。
そこで、フロントに繋がってしまってやっと気がついた。電話を掛けたいとき、シャリヤはフロントの話す日本語に対応できるだろうか?
『もしもし? こちら、ホテル◯?◯?ですが?』
考え込んでいると、受話器の先から声が聞こえた。間違い電話だと告げて、すぐに受話器を置く。ペンを取って、机においてあったリパライン語・日本語対応表の末尾に一文を書き加えた。
これは谷山とアメリカ人研究者達が喉から手が出るほど欲しい資料かもしれない。ふと、そう思った。
"Mal, mer, Salarua."
忘れ物が無いか入念に確認してから、玄関に立った彼女は依然緊張していた。そんな様子を見ているとこっちまで心配になってくる。だが、彼女なら出来る。そう信じて、出立を見送らなければ。
気分はイェスカに少年兵として利用されたシャリヤを見送る時の気持ちに近かった。
(ただの買い物なのに……心配しすぎだろ、俺)
心配に満ちた顔のシャリヤを抱き締めて、肩を掴んで目を合わせる。サファイアブルーの瞳が瞬いて、血色の良い顔になっていく。彼女は決心したようにこくりと頷いた。
もう、俺の気持ちは分かっているはずだ。
"Anfi'erlen ja, xalijasti!"
"Xace, wioll mi anfi'erlen!"
シャリヤはそう言って、玄関を後にした。美しい銀髪を揺らしながら離れていく彼女の背中をただただ見つめることしかできなかった。
角を曲がって、彼女の姿が見えなくなると急に寂しくなる。部屋に一人残され、手持ち無沙汰の状態。さて、どうしたものかと考えながら、リモコンを操作して壁掛けテレビの電源を入れた。その前を通りつつ、備え付けの冷蔵庫からソフトドリンクを取り出す。
(たまにはぐうたら過ごすのもありかもな)
聞いたことも見たこともないタレントが朝のワイドショーの中で頭の悪そうなコメントをしているのが映っていた。頭を空っぽにしてそれを見ながら、俺はソフトドリンクのプルタブを開けた。




