#285 レフィ先生にお任せ!
自室のベッドに入ったのは何時だったか覚えていない。だが、目覚めはやけに平穏だった。寝ぼけた頭でカーテンの向こう側からやってくる光に目を向けた。青色の光だった。まだ、早朝の辺りだろうと思ってベッドから起き上がる気が失せてしまった。
それに、昨日の邂逅と離別が衝撃的すぎて重なり合った記憶が悲鳴のような音を響かせていた。そんな共鳴に頭を痛ませる中で、低くくぐもった音で安定して響くのはシャルの言葉だった。
「これが俺の望んでいた世界、か」
然り、だと思った。この世界は元居た世界と全く異なる異世界だ。言語は違うとはいえ、そんなことにはもうとっくの通り慣れてしまった。ウェールフープなるチート能力だってあるし、ハーレムとまではいかないが慕ってくれている後輩が居る。
これが元々俺が望んでいた展開だったんじゃないのか? シャリヤだって両親が居て、学園の人気者でわざわざ記憶を思い出すより、今のほうが幸せなんじゃないか? 考えれば考えるほど、良くわからなくなってくる。
"Xatvasti!"
そんなことを考えていると外からレフィの声が聞こえた。玄関の方から鍵が開いた音が聞こえてくる。彼女は合鍵を持っているらしい。しばらくするとウェーブの掛かった桃髪のツインテールが見えてくる。紺色のワンピースとベージュのケープ、胸辺りでケープを結ぶリボンは今日は緑色のものだった。
制服姿のレフィはベッド脇にまでやってきて呆れた顔で俺を見下ろしてきた。
"Xatvasti, liaxu co sulaun fal no?"
"Edixa mi pen xelerl fal no cun nestil io la lex xale iulo mol."
"La lex es niv vynut ja, xatvasti. Cun, lartass lkurf ny la lex. ≪farte pener la xelerl molkka.≫"
"Ja......"
多分、早寝早起きしたほうがいいというようなことを言っているのだろう。それはそれとして、俺はレフィが左手に持っている紙とペンケースに意識が向いていた。何か用があって来たことは間違いなさそうだ。
"Lirs, harmie co klie fqa'c fal no?"
"Ar, Xatvasti! Selene mi lersse lasvinielet co'tj."
"Lasvinieletesti?"
レフィは左手の紙を右手に持ち直してこちらに見せてきた。長々とした文字列はリパーシェで書かれていて、リパライン語らしい。記入欄まであるということは恐らく宿題のプリントなのだろう。"Lasvinielet"という単語は多分「課題、宿題」というような意味に聞こえる。
"Selene mi veles kantio xatva'st mels khelten ciantlyr. Mi es snietij mels lersseo la lex."
"Khelten ciantlyr...... es harmie?"
それを聞いたレフィは口をぽかんと開けた。数秒の沈黙の後に、彼女は怪訝そうに眉を上げた。
"Metista edixa co gennitek khelten ciantlyr?"
"Ar, ja, mi qune niv la lex ja."
"Aaar......"
うなだれてレフィは床にへたり込む。いくら自分が悪くないとはいえ、彼女が可哀想に見えてくる。もはや、いたたまれない気持ちになってくる。
"Nace fua genniteko."
"Niv, la lex es vynut."
がばっと起き上がったレフィはまっすぐこちらを見つめた。桃色のウェーブの掛かったツインテールが隙間風にふわりと浮いた。
"Lecu mi kanti mels khelten ciantlyr......!"
"Pa, co es snietij mels lersseo la lex. Edixa co lkurf niv la lex?"
"La lex es...... jopp......"
レフィの顔は段々と赤らんでくる。沈黙の間に耳まで真っ赤にして、視線をこちらから逸す。なにかおかしいことを言っただろうか? そういえば、"es snietij mels"という構文はあまり聞いたことがなかった。特殊な意味でもあったのだろうか。
そんなことを考えているとレフィは目をつむって、手を握りながらこっちを向いた。
"Mi'st quneerl es firlexer niv als'it le firlexen!!"
勢いよくいうと、彼女は部屋に備え付けられたテーブルの上にドサッと課題とペンケースを落とした。そして、その向かい側を指し示す。どうやら、そこに座れということらしい。
彼女はいつの間にか仁王立ちになって、こちらを見下ろしていた。その顔はそれまでの羞恥に満ちたものとは打って変わって、自身に満ち溢れたものだった。
"Icveaines kantier l'es lefhi'c!"
俺は寝ぼけ頭をハッキリさせる事もできず、仕方がなく「レフィ先生」の講釈を待つことしか出来なかった。




