#254 プラズョの悪魔
"Mal, kirso es harmie'd kante ja?"
馭者に中断されてしまった話題をインリニアとシャリヤの前に引き戻した。インリニアの方は馭者とずっと話していたからなのか、文脈に追いつけないようで目を瞬いて不思議そうな顔になっていた。
"Zu, Cene niv cen firlex ≪stovus≫ faller ≪stovus dexafelo≫ ja?"
"Ja, pa xalija'st la lex'it plasio es snietij ja?"
シャリヤはこくりと頷く。この説明できない理由が"fenxe baneart"のようなことではないことは彼女らが積極的に説明しようとしていることから分かる。これがもし、エスペラントの"Kiso"のような単語であればまた違う反応をするだろうし。いや、それもまた一興だな。今度、いたずら程度にからかってみるかな。そういう単語がどれか分かったらのことだけど。
馬鹿らしい妄想をしていると、シャリヤの横に座っていたインリニアが分かったとばかりに人差し指を立てた。
"Lkurftless lap leus plasio is niv suiten fal neffirlexer lkurftlessestan. Deliu miss karse la lexe'd celtmars."
"≪stovuso≫'d celtmarsasti......"
シャリヤは納得したように呟いて考え始めた。
言葉以外でも教えるようにシャリヤに諭していたのだろう。彼女からはこれまでも色々な単語を説明されてきたが、往々にして説明が難しいのは抽象的な概念だ。学校でシャリヤに教えてもらった色の単語だって、言葉だけでは説明できなかっただろう。色鉛筆とノートという具体的な物があってこそ理解できた。具体的なものを出して抽象概念を説明するのは基本中の基本だったのにいつの間にか"plasio"の悪魔に取りつかれたように言葉を求めていた気もする。
インリニアは手本を見せようという意思表示なのか、立てていた指をこちらに向けてきた。
"Fion p'es, mi stovus-on cest. Mal, xalija stovus-on lirf cen."
"hett? a, ur......"
シャリヤはいきなり自分のことを言われて、恥ずかしそうに俯いて縮こまってしまった。絹糸のような綺麗な銀髪の合間から見える頬が赤らんでいるのが見えた。自分も気恥ずかしくて視線を車窓の方へと反らしてしまう。
というか、俺達の関係を知ってて裾をたくし上げたりしてるのか、この帯剣少女は。なんというか、悪戯心にも程があるというものだ。
ともあれ、"stovus"に副詞語尾"-on"を付けた"stovuson"という単語の用法が聞けたのは収穫だ。これで"stovus"が副詞ではないことは分かった。"dexafelo"を修飾しているということはおそらく形容詞は確実だろう。
"Mag, ≪stovus dexafelo≫ es kirso. Zu, la lex es ≪Dorn!≫ ja."
子供のような擬音と腕を急に動かすジェスチャーはインリニアが意味を伝えようと苦し紛れに出したことを表していた。ほんのり赤面までしているが、翠にとってはそれが一番わかりやすかった。いや、細い面では違うのかもしれないがそれは差し置くとしてもこれまでの情報を結び合わせるのに十分納得がいく。
(なるほど、"kirso"は「爆発」ということか)
"stovus dexafelo"の"stovus"はおそらく「激烈な、急激な、熱烈な」という意味の形容詞なのだろう。これで"kirso es stovus dexafelo."という文章が理解できる。おそらく、語形から見て、"kirs"という動詞があってその動名詞形が"kirso"なのだろう。
しかし、馭者の話を理解するには"aptumirlenasch warkar"と"kaxtlurk"が何なのかという問題が残っている。"warkar"は英語の"worker"に似ているがそうではないだろう。そもそも、リパライン語で「働き手」を言うなら"duxien"に動作者語尾"-er"を付けて"duxiener"とでもいうだろうし。
"Edixa mi firlex ≪kirso≫ pelx cene niv firlex ≪aptumirlenasch warkar≫ ad ≪kaxtlurk≫'d kante......"
"Ar, aptumirlenasch warkar es duxiener fal icco mels kranteo."
"Kaxtlurk es delne'd talserl. Talserl es lkurfo xale skyli'orti'e'd xendusira ja.
"Firlex......"
恥ずかしさに俯いていたシャリヤも赤面していたインリニアも説明に本調子を取り戻して話し出す。おそらく、"aptumirlenasch warkar"は「書記官」のような意味で、"kaxtlurk"の方は「伝承」とか「言い伝え」のようなものなのだろうか。説明の中で出てきた"talserl"はおそらく動詞"tals"に"-erl"という語尾が付いて派生したもので「物語」という意味だろう。
説明を終えたインリニアとシャリヤは疲れた顔をしながらも、互いを見合わせてくすっと笑い合っている。こういうのを見るとこちらもにこやかになれた。これがいわゆる「てえてえ」というものなのだろうか。
いよいよ、馬車は人々の喧騒の中を走るようになり、伝わってくる振動も変わってきた。車窓から見える様子も集落の間を幾つも通り抜けていっていた。近づいてきた目的地の様子に思いを馳せながら、三人は車窓の外を張り付くように見ていた。




