#252 長裾の四之布
"Edixa mi tieesn......"
退屈そうな顔で言うのはインリニアだ。彼女はため息をつきながら、頬杖を付いて車窓の外を眺めていた。
話を聞くに遠くから来る食材を受け取ってくるという仕事らしい。おつかいと言えば可愛いものだが、載せられているのはしっかりとした天蓋付きの馬車だ。そこにはチャリオットを駆る男たちが描かれていた。何かの戦いを記念して作られたのだろう。
"Mal, harmie miss l'icve knloanerl es?"
"E firlex niv. Ers mors xale banerdex ad et jol."
シャリヤはあまり興味がない様子で"firlex,"と答えると車窓の桟に手を掛けて、外の風景を見ていた。
彼女たち服装はそれまで着ていたものではなく、外行きということで用意してもらったものだった。ユフィアが着ていたものほど豪華なわけではないが、彼女の着ていたものによく似ている。臙脂色の上着にフリルの立て襟、腰はコルセットを巻いてその下は袴だ。西洋人形に和服を着せたようなその姿はとても可愛らしい。
"Xalijasti, Fqiu xalurerl es vynut ja. Harmie veles stieso fal lineparine?"
車窓を見ていたシャリヤはいきなり褒められて恥ずかしかったのか、顔を赤らめる。くすぐったそうに照れ笑いを浮かべ、頬を押さえた。彼女の嬉し恥ずかしの表情を見れるなら、何回でも服装を褒めてあげたいところだ。
"......Xace cenesti, Fqa es xenapart fal lineparine."
"Hett? Xenapartasti?"
シャリヤが顔を赤くしながら説明しているところにインリニアの素っ頓狂な声が割り込む。
"Xenapart es niv anfilen apart zu la lexe'd sysox es pikier?"
"......? La lex es anfilen apart lys."
シャリヤはインリニアの問いかけに不思議そうに答えていた。首を傾げて問われていることが良く分かっていない様子だ。
おそらく、"xenapart"の語義がそれぞれで違うものだったのだろう。シャリヤの言語変種では今彼女たちが着ている服装であり、インリニアの言語変種では"anfilen apart"というまた別の服のバリエーションを指している。だが、シャリヤの言語変種ではインリニアの言うところの"xenapart"と"anfilen apart"を区別しないのだろう。
確実な意味はわからないが、文脈は多分そんなところのはずだ。
"Mer, anfilen apart es harmie?"
"La lex es apart zu la lexe'd sysox es pikier. La lex es perger'd xalurerl fal ladir."
シャリヤは自分の得意分野とばかりに説明してくれる。ありがたい上に可愛らしいから見てて目福だなんて。一体誰がこんな夢のような学習環境を用意できるだろうか。
"perger"と"ladir"は知らない単語だが聞き覚えがあった。
前者はシャリヤなどがフェリーサを指して言っていた言葉で、おそらく民族を指している。確か、彼女は自分のことをラネーメ国出身でラネーメ人であると言っていた。シャリヤに"pergersti"と呼ばれた時に否定したということはその単語が民族や国籍を指すということの傍証になる。
後者は"ladirris"という単語の最初の部分に良く似ている。分解して考えれば"ladir-r-is"という意味になるだろう。間に挟まっている"-r-"は緩衝音か何かだとすれば、完璧に理解できる。
だが、それ以外にもわからない単語は幾つもあった。
"......Harmie ≪sysox≫ ad ≪pikier≫ es?"
"Ar, Fqa es sysox."
そう言いながらインリニアは袴の裾を持ち上げる。なるほど、"sysox"という単語は服の裾のことを指すらしい。
そんな理解もつかの間、彼女はそのまま裾をたくし上げ始めた。
"Fqa es nyjon sysox mal――"
「ちょちょ、ちょっと待った!」
目の前にインリニアの健康的な白い太ももが晒されていた。まるでギリシャの大理石彫刻のような美しい太ももにどうしても目が吸い寄せられてしまう。それでもやはり静止の声は出さずには居られなかった。
いくら説明のためとはいえ、節操が無さ過ぎないか? インリニアはそんなことなど微塵も気にしてなかったと言わんばかりの顔をしていた。
"Edixa mi firlex la le――"
"C, c, cene mi at e'i es xale ci!"
俺が言い切らないうちに今度はシャリヤが自分の袴の裾に手を掛けていた。彼女の顔は混乱に満ちていて、何が何だか分からない状態でそれを決断したらしかった。"at"は言わずもがな文脈的にいって「~も」という意味だろう。
「いいから!! シャリヤまで真似しないでいいから!!!」
狭く揺れる車内の中、俺は悲鳴のような声を上げる。
張り合われていることを理解できず頭の上に疑問符を浮かべているインリニア、混乱しながら裾をたくし上げようとしているシャリヤ、そしてそれを必死に押し留めようとする俺。三人のカオスな状況はその後も暫く続くこととなった。




