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#239 そして蹴り飛ばされる


 ユフィアの下で働くことになって彼女に寝床を提供してもらったのは幸運だった。民衆に称揚されるような人物の下で働きながら、夕張らに関わる情報を探ることが出来ればそれが一番都合がいい。だが、問題なのは寝床に居る隣人のことだった。

 寝るまでは全く気にしていなかった問題が、起きた瞬間に発現してしまったのだった。


"mnmn...... banekliana'd sexpar......"


 俺の右腕に絡みつきながら寝言を言っているのはシャリヤだ。差し込む朝日に照らされた美しい銀髪はまるで宝石のようだ。だが、そんな神秘的な姿に似合わず、寝言の内容は"baneklian"のことだ。幸せそうな顔で一体どんな夢を見ているのか大体想像がつく。

 そんな可愛らしい彼女を抱きしめて、永遠に撫でてやりたい。そう思っても左腕は動かすことが出来なかった。


"mnmn...... mili ja......."


 左腕にしがみついているのはインリニアだった。顔を左腕にこすりつけているのは何の仕草なのだろう。こっちは何の夢なのか想像し難いが、いつものしっかり者で凛々しいイメージからは想像もできない仕草になっていた。

 このままでは動けないのは当然だが、かと言って彼女らを起こそうとするとどちらにも問題が起きそうである。シャリヤを先に起こせば、左腕にしがみついているインリニアを見ることになる。お嬢様たちは確実に喧嘩を勃発するだろう。そうなれば、「いいチャージインだ!」では評せない状況になることは確実だ。逆にインリニアを先に起こせば、毎度同じようにラッキースケベの後の主人公よろしく、暴力的手段で酷い目に合うのは確実だ。

 額から汗が零れ落ちる。一番被害の少ない終わらせ方は一体何なのだろうか。


"Caala no chuit! Fa jais pafedous voi?"


 ユフィアの涼やかな声が聞こえてくる。だが、完全にタイミングが間違っていた。今、ユフィアが部屋に入ってくれば全てが終わる。大声で彼女を止めることは出来ない。二人を同時に起こすことになるからだ。ともなれば、出来ることは彼女たちを起こさない程度の声量でユフィアに呼びかけることだった。理解できなくてもリパライン語で呼びかけるしか無い。


"Klie niv plax!"

"Kailais nai vous plais......?"


 一か八かの賭けだった。ユフィアは良く分からなさそうに俺の言葉を訛りながら繰り返していたが、そのまま沈黙してしまった。どうやら通じてくれたのだろう。リパライン語とヴェフィス語では幾らか似たような単語がある気がしていた。インリニアが他のリパライン語非母語話者よりもリパライン語の習得がしっかりしていたのを鑑みるとある程度の言葉は通じるはずという予想に基づいた賭けだった。

 ユフィアではない誰かがドアの向こうから声を上げたのは安心した矢先だった。


"Challais qoits, le chanthaile paifaia an las. Anheus caaleune!"


 がたりと力づくで扉が開く。入ってきた小太りの男はこちらを見ながら、腕を組んで目を瞑って怒りに耐えるように唸り始めた。ユフィアの方は部屋の中空を何を勘違いしたのか恥ずかしげに見上げている。


"Cenesti...... harmie ci mol fqa......?"


 恐ろしいことが実現してしまった。このどたばたの最中にシャリヤは起きてしまっていたらしい。眠気眼を腕にこすりつけるインリニアの姿を恐ろしい笑顔で見つめていた。そして、インリニア自身も騒ぎのせいか、自分の置かれている状況に気づいてしまったようだ。

 はっと後ろずさりし、周囲の視線が集まっていることに気づいた彼女の顔は夏に熟れたトマトのように赤くなっていた。


"Mili, inli'niasti! Fqa es niv tisodo mi'st――"

"Jisesn da!!!"


 最後に見えたのは誰かのかかとで、その後聞こえたのは木に強く叩きつけられる音だった。インリニアの回し蹴りで部屋の向かい側まで吹き飛ばされ、そのまま意識を失ってしまったらしい。


 昏睡から目覚めると、インリニアとシャリヤと共に俺は別の部屋にいた。周りには食材や食器が並び、調理場のようにみえる。俺はその中で一人椅子に座らさせられていた。起きたかとインリニアの恨めしそうな目がこちらに向く。我々の業界ではご褒美です――というレベルの話ではない。あの蹴りで本当に死ぬかと思った。

 話しかけるのも恐ろしくて、シャリヤの方に向き直る。


"Mal, harmie miss mili fal no."

"Miss mili peno xelerl co'st ti, cenesti."

"Ja, si lkurf ny la lex. Fua iso fenxerger, mi xel anfi'e zu laozia knloanerl. Mag, jol fqa leus miss dosyt velgerl fua la lex."


 インリニアは手元にあった小袋を持ち上げる。中には何が入っているのか分からないが、力を見ると言っている辺り料理の力試しと言ったところだろうか。給仕というより、料理人に近いような仕事をするようだ。どちらにしても余り変わらないような気はするが。

 ともかく、やはり大物のコネとはいえ一筋縄ではいかないらしい。


"Harmae es si?"

"Ers estyvertzerphestan ja."

"Hmm......"


 インリニアはお腹に手を当てて広げるような仕草をしてみせる。多分先程の小太りの男のことだったのだろう。彼がこの調理場を仕切っている調理長という辺りのポジションなのだろう。

 文脈から考えて定性語尾"-stan"とその前の干渉音"-e-"を取り除いた"estyvertzerph"というのが小太りの男を指しているのだろう。

 そこまで理解して、やっと俺はため息を付きつつ椅子から立ち上がった。


"Lecu tydiest."


 料理には詳しくないが、ここに座っていても意味がない。シャリヤもインリニアも、俺の合図に合わせて外に出る準備を始めた。


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