#233 単なる終わりではない
"Jei, molkkaversti, harmie'i co's es no ler."
ショートのさっぱりした髪、オブシディアンブラックの目、スレンダーな体つきにはスポーツマン的なものを感じる。そんな彼女――インファーニア・ド・ア・スキュリオーティエ・インリニアは心配半分、苛つき半分の表情でこちらを見つめていた。忌々しいといえば、忌々しい、そんな言葉だった。
外から見れば大怪我をしながらも何かに突き動かされたように足を動かして、このPMCFの市街地を歩き回る。両手には夕張が投げた二つの飴玉を握りながら歩く俺をインリニアは邪魔者が居なくなったからといって後ろから刺すこともなく静かに付いてきていた。答えようのない問いに嘆息しながら、インリニアには妙な絆のようなものを感じていた。
こんな感情のままで異世界語がすらすらと口から出てくるわけがない。そう思っていたが、相槌程度の言葉は脳髄の方から自然に出てくる。周りにはインリニアしか居ないのに、寂しさを感じることは無かった。シャリヤがここに居なくても、彼女が教えてくれた言葉はいつまでも自分についてきてくれる。
"Lecu miss tydiest."
何処を歩いても人影は見えなかった。議場の中、ショッピングセンターらしき場所、屋台の一つにも人の気配を感じることが出来ない。そんな状況に逆に恐怖心を感じていた。インド先輩はこの場を閉鎖したというようなことを言っていた。それならシャリヤたちには会えないのかもしれない。疲れて壁に寄っかかってしまう。手元の飴玉を見つめていると横から人差し指が伸びてくる。
"Harmy co icve trekcafme si ler?"
インリニアは頭の上に疑問符を浮かべたような顔をして言う。"trekcafme"は恐らく指さしている飴玉のことを指しているのだろう。
"...... mi firlex niv fal cirla."
"Hame firlex niv......?"
インリニアは微妙そうな顔をしていた。実際のところ、自分もこの飴を舐めるべきなのか迷っていた。このまま、市街地をさまよっていてもシャリヤに会えないと直感的に感じていた。夕張の言葉が正しいのであれば青い方は彼の元へ、赤い方は地球に行くことになる。どっちを飲んでもシャリヤと離れ離れにになることはないとも言われた。だけど彼女は他の誰とも引き離されて、俺と生きていくことを望むのだろうか。
そもそも、奴が毒を仕込んでいる可能性が無いとは言い切れない。
"Mal, shrloicve selsta trekcafme mi'l ja."
"Knloanerl mol fal fgirss!"
"Knloan tvarlonj. Co lkurf la lex?"
中途半端に言葉が理解できるというのもとてももどかしい。インリニアは更に手を伸ばして青色の飴玉を掠め取っていった。
「おい!やめろって」
"Mi nio pan co fai fqa ja~"
そういった瞬間、包みを切って飴玉を取り出す。日光に照らされて宝玉のように光を拡散させる。そんな飴玉に二人で見惚れていたが、瞬間的に自分のやるべきことを思い出す。インリニアの手にある飴玉を取り返そうと手を伸ばす。瞬間的に彼女も身を引いた瞬間に手が触れ合って、飴玉は宙に浮いた。
"Ne Meinechais!"
驚きに怯んでいる内にインリニアはジャンプして、高く飛んだ飴玉を口に含む。着地すると勝ち誇ったような表情をこちらに見せた。
"Jei! Co xel?"
「見た、じゃないんだよ!?」
インリニアの横暴さについていけず、口からは日本語しか出てこなくなってしまっていた。意味のわからない言葉を浴びせられた彼女はきょとんとして困惑していた。そんなことをしている内にインリニアの周りが光り始めていた。やっと彼女は重大さを理解したのか、自分の体をきょろきょろ見回し始めた。
"Flaccamosti!? Harmie voles ja?"
「クソッ! どうすればいい!?」
インリニアの体を包む光は徐々にその輪郭をぼやけさせていた。夕張は連れていきたい人を念じれば共に行けると言っていた。その言葉を率直に受け取るならばインリニアに俺のことを想起させればいい。
だったら――
"Inlini'asti! Selene co reto harmae!?"
"Jopp......? Harmie co lkurf infaynn――"
"Ers mi!!!"
肩を掴んで叫ぶ。インリニアを揺さぶると彼女は気味悪そうにこちらを見てきた。俺は頭の片隅にシャリヤを想起していた。インリニアを包み込む光は俺の方にも移ってきた。ちりちりと焼け付くような奇妙な音が聞こえ、自分の体とそれ以外との輪郭がぼやけていく。恐怖は感じなかった。その輪郭がぼやけると共に再構成されていくのが直感的に感じられたからだ。
そして、その感触とともに全ての感覚が遮断され、俺は気絶した。




