#225 反抗への反抗
ラジオでの収録が終わるとフェリーサと共にスタジオの外へと出る。レシェールからはそこらへんで休んでろとのことで、翠たちはスタジオの前の小さい屋台の席に座っていた。丁度昼時で目の前にはレシェールが注文していた料理が置かれていた。湯気が立っているうちに食べたほうが良さそうな気はするものの、その色のせいで手をつける気力は沸かなかった。
フェリーサの表情はこれからの期待に満ちて平穏だった。だが、自分の前に置かれた食事をどけて、いきなりテーブルに突っ伏してしまった。
"Edixa mi tieesn!"
テーブルの下でゆらゆらと足を振っているのは椅子が少し高めで彼女の足が地面に付かないからであった。数十分にしろ、リパライン語とアイル語の相互通訳ですっかり疲れた様子だった。翠の練度では日本語とリパライン語の相互通訳なんて絶対に無理だろう。彼女には感謝しなければならない。
足を振る様子だけ見ていると中学生らしい幼さを感じられる。だが、彼女は亡国となった祖国ラネーメから来て生きるためにリパライン語を独学し、賭博とイカサマに長けていてアイル語とリパライン語の相互通訳が出来る――というのは何ともその外見から見えそうな人物像を破壊していた。彼女の過去を何も知らないというのに良くここまで付き合ってこれたなと思える。
"Lecu miss knloan, felircasti. Fqa es doisn."
フェリーサは顔を上げて無言で翠を見つめていた。そう言っておいて、テーブルの上にある料理は全く手がつけられていない。翠はため息をついて目の前に置かれていた変な香りのする麺料理を手前に引き寄せた。色も不安になるような目が痛くなるようなビビッドな緑色だ。料理スキル持ちでない異世界転生者でも美味いものを食べさせてもらえるというのに何故自分だけこんな目に合うのだろう。こんな得体の知れないものを食べるならユエスレオネに居た時の質素な粥のほうがマシである。
"Co knloan niv?"
"Mer...... Liaxu mi mili isil ny kysen."
"Fqa es doisn, ers niv? La lex is doisn niv fasta isil kysen."
フェリーサはいたずらっぽく半目で翠に迫ってきた。足がつかないからか傾けた体がバランスを崩して翠に寄っかかる。彼女の近さと鋭い質問に翠は苦笑で返すことしか出来なかった。何気なく別の話を切り出そうとしたところ、両脇に見知らぬ男たちがいきなり座ってきた。PMCF人らしき風貌で服装は大分ラフで粗暴さを感じさせる。軽蔑したような視線が二人を見ていた。
"Ej, deliu co pusnist vosepust ol elx shrlo tydiest yuesleone ja, simmakasuka-sti."
"Harmie?"
PMCF人の片方が喋る言葉は訛りに包まれていた。ただ、大都市の住民だからなのか、リパライン語は大分理解できるらしかった。単なる訛りならともかく、それが耳障りに聞こえてくるのは嘲笑がまとわりついているからだ。ただ単に酷い目に会っている人間たちの反抗を安全なところから見下げて、まともに取り合おうともしない奴ら――関わってはいけないような人間たちだと感じる。かといって、レシェールから待機しろと言われている以上、ここから動くことは出来ない。
そんなことを思っているうちに笑っていたフェリーサの表情は豹変していた。絡んできた男たちを睨みつけると男たちはそれを茶化すように怯んだふりをしていた。フェリーサの手は強く握られて、怒りに震えていた。翠には沸点が低い彼女をこのまま彼らと付き合わせていては何か良くないことが起こりそうな気がしていた。
"Harmie? Co celes issydujo mi'st?"
"......!"
フェリーサの怒りが威圧感となって感じられる。翠がラジオで言っていた通りに彼女は暴力に訴えないように自制しているのだろう。その怒りが彼女の小さな体を震わせているのだろう。いい加減、翠には見ていられなかった。立ち上がってフェリーサの視線を遮るように男たちに近づく。
"Pusnist lkufo co'st. Harmie coss celdin niv korxli'a? Celdiner korxli'a es cossa'd icco."
"Miss qune niv ja! Fi coss tisod veleso celdino, pusnist lkurfo melx shrlo duxien!"
"Ej!"
翠が反論しようとしたところで後ろからレシェールの声で呼びかけられる。移動用の車の前で咎めるような顔で翠を見て、手招きしていた。男たちを無視してレシェールの方へと向かう。きっと自分は苦虫を噛み潰したような顔をしているだろうと思った。フェリーサも沈黙を保っていたが、怒りに満ちた目がその感情を隠しはしなかった。




