#215 じゃあ、フェンテショレーって何?
本を読んでいたはずのエレーナがいきなり立ち上がった。
その視線の先、壁際に画鋲で固定されているのは30の数字が四角の中に書かれているカレンダーのような紙だった。かすれたインクで幾つかの四角にはバツ印が付けられている。そんな紙を見てから、シャリヤの方へと向く。少し焦っている様子だった。
"Edixa miss tydiest fi'anxa fal no'd postus?"
"Mer...... mi tisod tydiesto niv."
シャリヤも気づいた様子でカレンダーを見上げていた。その蒼い目からはそんなこともあったかなあという程度の反応しか感じられなかった。
恐らく、"postus"は「週」を表す単語だろう。彼女らは一週間に一回はリパラオネ教の宗教施設フィアンシャに行かなければならない。リパラオネ教徒にとっては長い間フィアンシャへと向かわないことは恐らく宗教的なタブーなのだろうと薄々気づいていた。だが、どうやら彼女たちの間でも捉え方はまちまちのようだ。それにフィアンシャへ行こうという考えが浮かぶあたり、PMCFにはある程度のリパラオネ教徒が居るのかもしれない。フェリーサがアイル人の宗教はタームツィ教であると以前言っていたから、タカン人も合わせてこの国は多宗教国家らしい。
"Fqa'd icco io fi'anxa mol?"
"Ja, ekce lartass es tvasnker lipalaone faller ai'r'd larta."
シャリヤは優しい眼差しで翠を見つめながら答えた。アイル人の宗教は主流がタームツィ教で、少数派としてリパラオネ教徒が居るということなのだろう。
"Pa, ci es niv."
被せるように指差しながらエレーナが言う。指しているのはフェリーサの方だった。エレーナはつまり、フェリーサのことを異教徒だと扱っているのだろうか。翠には彼女が冗談や皮肉でそういっているようには感じられなかった。だからこそ、違和感を感じた。
"Felircasti, harmie co tvasnk?"
"La lex es tarmzi."
フェリーサははっきりと自分の信仰を言った。フェリーサもエレーナもそれに何ら嫌悪感を示したりはしなかった。
それが翠にとっては奇妙に感じられてならない。レトラにはっきりとした異教徒が居たとすればすぐに裁判にかけられただろう。そもそも、異教徒はシャリヤとエレーナの親を殺した。フェリーサがその事実を知っているならば、はっきりと自分の信仰を告白することなんて出来ないはずだ。
"Zu...... Edixa co es fentexoler?"
"Harmy!? La lex es niv julesn!"
フェリーサは非難がましく大きな声で反駁した。シャリヤもエレーナも、発言の意味がわからない様子で不思議そうに翠を見ていた。どうやら、"fentexoler"は「異教徒」という意味ではないらしい。
"Felirca es niv fentexoler. Als tvasnker tvasnko es niv fentexoler fal alsil."
"Ja, mi es tvasnker tarmzi filx fentexoler!"
エレーナはため息をついてから諭すように言い、フェリーサはそれに同調して何回も頷いていた。彼女は不当な嫌疑を掛けられたと言わんばかりに頬を膨らませて無言の抗議をしていた。完全に自分が変なことを言っているような雰囲気になってしまっている。リパライン語がある程度話せるようになったとはいえ、まだ初学者であることは忘れてほしくはなかった。
ともあれ、"fentexoler"が「異教徒」という意味では無さそうなのは分かった。全ての宗教信者自体が必ずしも"fentexoler"ではないと言っているあたり、この単語自体が宗教に関係しているかどうか自体が怪しい。そうなってくると、"xol"の意味も宗教的なものではないのかもしれない。
"Lirs, lecu miss tydiest fi'anxa'l."
シャリヤが雰囲気を切り替えるように手を叩く。そんな彼女の周りをエレーナは何かを探すように見ていた。
"Co letix lael ol et? Mi qune niv molal fi'anxa'st."
"Mi at qune niv. Mag, lecu nun mal melfert."
出かける準備をするシャリヤたちに飛び込むようにフェリーサも手を掲げた。太陽の下に輝くように咲く向日葵のような元気な明るさが薄暗い住居を照らしているように感じられた。
"Mi at tydiest cossa'tj!"
"Co es niv tvasnker lipalaone jarne."
エレーナに止められたフェリーサは不服そうにまた頬を膨らませる。だが、それ以上文句を言わないあたりが彼女らしく感じられた。フェリーサが止められて、未だ正式にリパラオネ教徒になっていない翠が行くのを許されるのは良く分からない。だが、そんなことを言っても話がややこしくなるので、翠は黙っていた。
そんなところで彼女は何かを思い出したように人差し指を立て、頬に当てた。
"Fi edixa melfert lexerl at, la lex es vynut."
その言葉に頷きながら、翠たちは住居を後にした。フェリーサが名残惜しそうに手を振って見送る。早く行って帰ってきてやらないとフェリーサが可哀想だ。翠はそう感じた。




