#213 貧しそうに見えたよ
昨日は喧嘩仲裁の後に港に三人でとぼとぼ戻っていって、ヒンゲンファールと共に帰ってきた。裁判所に向かった彼女からは良い知らせを受け取ることは出来なかった。話によると違う裁判所に行けと言われてまともに取り合ってもらえなかったらしい。ヒンゲンファールは今日は早朝から住居を出て、別の裁判所へと向かっていった。
不運なのか、名残惜しいという思いが引き止めたのかは分からないがミュロニユたちの住居の近くを通るバスは前日翠たちが来てからというもの運行を止めているらしかった。おかげで翠たちは彼らの住居に留め置かれることになった。女の子に囲まれて寝ることになるのかと一時は身も震えたものだが、結局はシャリヤにすごい勢いで引っ張られて彼女らとは別の場所で寝ることになった。ベッドや掛け布団とのようなものは無く、ただむき出しの床に雑魚寝するという快適とは程遠いものであった。
日が開けても結局レシェールは帰ってこず、ミュロニユは買い物、ヒンゲンファールは用は分からないが何処かへ出かけていた。というわけで、翠は女の子三人と少し狭い部屋に居た。テンプレラノベならワクワクドキドキの展開というところだが、そんな気は一切湧いてこなかった。
"Ers hiurn."
嘆くように言うのはフェリーサだった。地べたに座って暇そうに足をバタバタとさせる。本棚から適当な本を取り出して読んでいたエレーナが無言で睨みつける。視線を感じたフェリーサはため息を付きながら、床に寝っ転がった。シャリヤは住居の窓から見える外の様子を飽きずにずっと見ていた。皆退屈そうにしている割に四人は楽しく雑談でもしようという気すら起きないらしかった。
理由は明確に分かっている。昨日までに起きたことがあまりに衝撃的だったからだろう。命からがら逃げてきたというのに意味の分からない言葉で勉強させられ、その言葉を学ぶにも貧しく、お前たちの言葉を話すなと言われて、ミュロニユのような大人たちまで暴力を受け、蔑みと嘲笑の的となって二級市民として扱われる。文句があるならユエスレオネに帰れと言わんばかりの彼らが、彼らの国PMCFが何故難民を受け入れたのかは謎である。この理不尽が何処までも追いついてくるのが、翠には忌々しくてならなかった。
"Liaxu nestile'd lipalain annia es harmie'i fal no ja?"
寝転んだフェリーサは小さな声で呟く。呟いた声はそのまま壁の中に染み込むようにして消えていったが、翠の心の中では壊れたカセットテープのようにその言葉が繰り返されていた。確かに翠の言葉を真に受けていれば今頃食事場に戻っていることだろう。翠たちが居ないと気づいた彼は一体どんな気持ちでその場に立ち尽くすのだろう。怒りか、諦めか、翠には容易には想像することは出来なかった。
エレーナは今度は読んでいる本から視線を外して、疑問ありげにフェリーサの方を眺めた。
"Nestile'd lipalain annia es harmae?"
"Edixu nilirs fal velfezaino mal lex letisne annia es ti. Cen celes dono si'st!"
エレーナは今度は翠に視線を向ける。
"Pusnist velfezaino ja."
エレーナが呆れたような表情で言うのに何か誤解が混ざっているような気がして翠は焦った。寝そべりながらフェリーサは彼女がそういうのにしてやったりという笑い方をしていた。
"Edixa mi es niv la lex'i! Edixa mi pusnist si fua issydujo fgir'd larta."
"Lirs, harmy is xale la lex?"
エレーナの疑いは晴れそうにない。疑念に満ちた視線が丸眼鏡を通して、翠に当てられている。シャリヤが昨日言っていたことから、リパラオネ教徒が賭博を避けるということは分かっている。彼女もそういうところで疑っているのだろう。翠は無意識のうちに弁明のためにろくろを回すようなポーズを取り始めてしまっていた。
"Mi jel eso'c si'st yuesleone'd larta'ct. Mal, deliu mi celdin si. Edixa mi tisod la lex."
"Mili. Edixa ete'd yuesleone'd larta mol?"
"Ja, Edixa mi c'jel si la riesnieste'c, evist mors leus dosnedal si fai si filx tvasnker lipalaone ol et mal si arkirfar sieod zu xalur si'st."
翠が答える前にフェリーサが肯定の意を示した。
聞こえたリパライン語は詳細に説明していたのだろうが何一つ理解することは出来なかった。だが、エレーナが彼女の話を聞いているうちに苦虫を噛み潰したような顔になっていくのだけは鮮明に見て取れた。
そんなことをしていると、フェリーサのアホ毛がアンテナのように立ったと共に電子ブザーの音が鳴った。どうやら、誰かが帰ってきたようで退屈そうにしていたフェリーサは誰よりも先に玄関へと跳ねるように向かっていた。




