#211 紙机戦
結局、三人の先頭は土地勘のありそうなフェリーサになった。歩いている場所では様々な店が立ち並び、道の真中には屋台が店を構えていた。そこら中にリパーシェで"○ami a ma○ati"と書いてあるのが見える。○の部分は読めない文字だ。今まで色々なリパーシェを読んできたが、最近は文章を読む機会も減った。語学というのは使わないとすぐに忘れる――どんな人間にも耳の痛い話だろう。
"Kami a makati! Kami a makatige iama uku!"
屋台の売り子の声が高らかに聞こえてくる。シャリヤが視線を向けているのはバスケットボールよりも少し小さいくらいの青緑の果物を並べた屋台であった。それ以外にも周りからは香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。あちらを見れば色とりどりの野菜を使ったピラフ、こちらを見れば濃厚なソースが絡む焼きそばのような料理、ちょうど時間が正午あたりということもあって周囲は飯テロの地獄のような状況と化していた。
("xvelises"って飯テロを受けるっていう意味の動詞じゃないだろうな?)
恐らくそんなことはないはずだと信じたい。「飯テロを受けろ」と言うヒンゲンファールも、言われて目を輝かせて喜ぶシャリヤもどう考えてもおかしいからである。シャリヤは飯テロを受けて喜ぶドMだとでも言うのだろうか?どんなニッチな性癖が二人の間に共有されているんだ。突っ込む以前に現実性がなさ過ぎる。
"Felircasti, harmie es fgir's?"
そんなことを考えていると、シャリヤは何かを指さしてフェリーサに訊いていた。指す先には男たちがテーブルを囲って何かをやっているのが見えた。手元には長方形の小さな札のようなものがあり、テーブルの上に出されるそれに一喜一憂している。
"Fgir es ninzo. Zu, ers tydiven cerke fal lineparine."
"Tydiven cerkesti......"
フェリーサは無い胸を張って説明した。その自慢げな表情にもかかわらず、シャリヤは説明に納得しているのか良く分からない表情をしていた。説明に従うならば、カードゲームのように見えたがこれはレトラで見た将棋のようなボードゲーム"cerke"の一種なのだろう。確かにそれぞれのカードに書かれている文字はセーケにあった漢字のような文字に良く似ている。
フェリーサはそのカードゲームをやっているテーブルへと近づいていった。
"Dipaim ritasvia!"
元気良く言ったフェリーサに男たちの怪訝そうな視線が集まる。テーブルを良く見るとどうやら小銭を賭けてこのゲームは行われているようだった。
"Dipai-dipaim suma janir. Amuam nanum janipam?"
"Chabam."
フェリーサがシャリヤを指した瞬間、男たちの舐めるような視線がシャリヤに集まる。シャリヤは何か怖いものを感じて翠の背中の後ろに隠れてしまった。会話がアイル語でなされていて全く内容は分らない。だが、賭け事で最初に確認しておくことと言えば、》ということじゃないだろうか。
翠は強い焦りを感じてフェリーサの肩を掴んで寄せた。
"Ej, felircasti. Edixa harmie co lkurf? "
強く迫るもフェリーサは翠の顔を手のひらで押し返した。そのまま彼女はテーブルに空いた一席に座った。しょうがなく翠は一人の手札を見ながらゲームを観戦することにした。シャリヤを賭けるというのは冗談だと思いたかった。
札が全員に五枚ずつ配られ、山札から札を引いて要らない札を捨てることを繰り返しながら手札にペアが出来たら上がる事ができるというゲームらしい。根本なゲームシステムは麻雀によく似ているらしく、ポンやロンのようなシステムもあるようだ。最初の周はフェリーサがすぐにペアを作って上がった。色のついた棒がフェリーサの手元に集められる。恐らくこれが点数を表しているのだろう。山札が無くなるまで二周目、三周目と重ねていく。しかし、男たちはペアを成立させるものの、フェリーサの圧倒的勝率には勝つことが出来ず、点数を表す棒は無造作にフェリーサの元に集められていた。みるみるうちに山札は無くなり、最終的な勝敗ははっきりしていた。今度無造作に集められたのは小銭のほうであった。
"Xace, alsasti!"
小銭を集めてポケットに突っ込むとフェリーサは別の席へと翠とシャリヤの腕を引っ張って行った。去り際に翠は振り返った。少女を賭けで争奪しようと完全敗北したしがないオジサマたちは魂が抜けたようにあっけらかんと天井を見つめたり、給仕を怒鳴りつけるように呼び出していた。
目の前には飯ものも麺類も何でも出てきた。ちょうど昼で飯テロリストに腹の音を聞かせてひもじい表情で喜ばせるところだったが、フェリーサが賭けで得た大量の小銭でたらふく食えることになった。彼女は大勝利に浮いているのか、自分だけでは食べ切れなさそうな量の料理を頼んでいた。シャリヤはさっきまで賭けの対象にされていたからか、浮かない表情で目の前のご飯をつついていた。
"Lirs, harmie co es jardzankatta'i?"
シャリヤはフェリーサの袖を持ち上げた。するとそこから六枚の札がテーブルに落ちた。フェリーサはイカサマがバレてバツが悪そうに頭を掻いていた。そんな彼女を見ながら、シャリヤはため息を付いていた。"jardzankatta"はおそらく「イカサマ」を指す単語だろう。翠にはいつどうやってイカサマをしたのか全く気づくことが出来なかった。フェリーサはそれだけ上手くやってのける自身があったからこそ、シャリヤを賭けの対象にしたのだろう。
翠は食事に手をつけ始めた。賭博でイカサマで勝って、裏社会のようなものに目を付けられたらどうするのかと心配だったがこんな公然な場に裏社会の人間など居るまいと自らの心配を宥めていた。




