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#205 ユエスレオネのほうが


 結局のところ、授業の内容は全く理解できなかった。レトラから通っていた学校の授業はまだ雰囲気で理解はできていた。だが、ここの授業はアイル語が話せない生徒へは配慮の欠片もなかった。フェリーサが机に突っ伏してからというもの意味の分からない音列を聴く無意味な時間を過ごしてしまった。質問などが飛んで来なかったのが幸いだと言える。

 シャリヤは授業が終わると安堵したような顔をしていた。


"Cene co firlex lerssestan?"

"Fav firlex niv."


 当然とも言いたげの口ぶりでシャリヤは言った。少し不機嫌の彼女も可愛らしいが、確かにその気持ちもわかる。自分たちにはアイル語を学ぶことと授業に取った遅れを取り戻すという二つの重荷が課せられている。翠はリパライン語で学ぶだけでも辛かった。シャリヤやエレーナは自分の母語で学べる環境に慣れていたのにいきなりアイル語で学べと言われてもそう簡単に慣れられるものではないだろう。インド先輩のように日本語、タミル語に精通していて、英語でタミル語を教えてもらうような状況ならばまだ分かる。しかし、シャリヤもエレーナもフェリーサのアイル語が全く分からない様子であることを考えればゼロからのスタートと言っても過言ではない。自分の道のりが過酷であっただけに、彼女らの辛さが身に染みて分かった。


"Pen xelerl, felircasti."

"Salarua......"


 エレーナに小突かれ、フェリーサがやっと机に張り付いていた顔を上げた。机の横に立つエレーナを面倒くさそうに見上げる。ポニーテールがはらりと中空に落ちた。


"Edixa mi lersse la lex mag firlex. La lex es niv xarne mal veles vxorlneso mi'st!"

"Lirs, edixa cene niv miss firlex lkurferl si'st."

"Pa, metista fhasfa'd celdino ad et mol fua niv lkurfer air'd lkurftless ja?"


 エレーナの質問にフェリーサは少し考えるような顔になった。やはり、非母語話者向けの補講があるかどうか彼女も気になっていたようだ。


"Miss nun la lex kynte'c?"

"Ja, mi tisod es nuno'st la lex vynut."


 翠も気になっていたことともあってフェリーサにはっきりと賛意を告げた。シャリヤも言葉には出さないが頷いているあたり賛成している様子だった。フェリーサが椅子から立ち上がるとアホ毛も共に立ち上がった。教室の前の戸を開けて出て行こうとする先生をフェリーサは小走りで止めた。ワンテンポ遅れて翠とエレーナ、その後ろに隠れるようにシャリヤがついて行く。話は分からないだろうが、フェリーサに訳してもらえるだろうという希望があったからだった。


"Zuhiasuka, chaba-chabbama ai'rge cheppoma i canair. Iwa, lipalain chepponu chaba-chabbama zunaii asukamo i aimar?"

"I aimar."


 フェリーサの問いに答えるまで教師は考える素振りも見せず即答した。彼女はそんな回答に目を瞬いて静かに驚いていたが、ややあって息を取り戻したような感じで首を振った。


"Iwa, Zuhiasuka, chaba-chabbama――"

"Amua-amuama las ai'rge cheppoma zunaiisvia. Dipai-dipaima i acaur."


 フェリーサの表情はどんどん苛つきに歪んでいた。話の調子からは教師が一方的に何かを押し付けるような感じがしていた。恐らく母語話者向けの補修は無いのであろう――言葉は一言も分らないが、そう自然に察していた。


"chaba-chabbama anauga air'ge cheppoma i canair! Nannunu lersse-m canai acaur?"

"I cheposvia. Lebi ia dipaige kaggama modosa, karmacist fon nettenoan iulo ia janipam do."


 教師は強く言い放つとフェリーサの反応も待たずに踵を返して去っていった。アイル語がさっぱり分からない翠たち三人には何を言われたのか分からなかったが、一番何を言われたのか分らないという表情をしていたのはフェリーサだった。口を少し開けたまま愕然とした表情で立ちすくんでいた。


"Co es vynut?"


 翠が問うと、フェリーサはゆっくりとこちらに顔を向けた。両手を握っているのが悔しさを表していた。何を言われたのかは想像に難くない。


"Siss niv kanti fal lineparine. Si lkurf elx deliu lersseo cosse'st lap ai'r'd lkurftless'it. Ol, shrlo furdzvok mol yuesleone'l."


 一番最初に反応したのはエレーナだった。フェリーサの言葉を聞いて教師の去っていった方向を睨みつけていた。静かな怒りがその視線にこもっていた。


"Si firlex eso misse'st korxli'a'ct? La lex xale moliupi'a mal yuesleone'ct molo es le vynut. Co at tisod dalle la lex ja, cenesti? Cun, edioll co lersse fal yuesleone, ers niv?"


 静かでも強い怒りを感じる言葉に翠は頷くことしか出来なかった。

 つまり、ユエスレオネに居ることが良かった――とまで言わしめる扱いを受けているのだろう。非母語話者向けのクラスも無ければ、補修すら無い。移民を助けて、学校にぶち込んで衣食住の環境を表面上だけ整えておけばそれであとは放任とは酷いやり方だろう。

 フェリーサもエレーナに頷いていた。だが、一人だけは心細そうに胸に手を当てて悲しげな表情をしていた。


"Cun, fqa'd icco es niv yuesleone. Cene niv miss es e'i dalle fgir'd icco."


 彼女の言葉でエレーナもフェリーサも黙ってしまった。目をそらして、皆、苦しげな表情になってしまう。シャリヤはある程度こうなることを覚悟していたのだろう。別の国に助けてもらうのだから、文句は言えないというのも確かだった。だが、翠にはその諦め方は何かが決定的に違う気がしていた。

 四人が完全に黙ってしまっているとまた授業が始まるチャイムがなった。他の生徒のアイル語にまみれながら席へと戻っていく。フェリーサの顔にはもはや授業を通訳する活気は感じられなかった。


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