#203 冠光
ドアをリズム良く叩く音で目が覚めた。外から聞こえてくるのだろう小鳥が鳴く声が心地よく聞こえてくる。暖かくて柔らかい布団から抜け出して玄関の方へと向かう。ドアを開けると寮長が立っていた。
"Ers liestu zu tydiest!"
"Firlex, mili plax ja."
相変わらず張り付いたような笑顔の寮長を避けるように玄関のドアを閉める。目をこすりながら、洗面台へ向かい顔を洗うとまだ起きてなさそうなシャリヤを起こすために二段ベッドの上の方へと向かう。話し声が聞こえていたのか、眠そうに目尻をこすっていた。
"Salarua."
"Salarua, cenesti......"
シャリヤの可愛らしい眠そうな顔を堪能していると背後のドアをまたリズム良く叩く音が聞こえてきた。これが叩きつけるような音ならば怒ることも出来ようが、にんまりと笑顔の寮長がドアを楽しそうに叩いているのを想像するとそれを憎むことは出来なかった。
ともあれ、催促されていることに違いはない。シャリヤの死角になるようなところで制服に着替えて玄関の方に向かうといつの間にかシャリヤも制服に着替えていた。髪のハネていたのもいつの間にか綺麗なストレートになっている。女子用の制服はどうやら白いワンピースのようだった。胸のあたりに紫色のネクタイがあり、シャリヤの色々な姿を見てきた翠であってもその姿に鼓動が高まった。
"Lecu tydiest!"
ドアの前にはエレーナとフェリーサも居た。エレーナが眠そうに目をこすっているに対してフェリーサは元気が有り余っているらしくじっとしていられない様子だった。
寮長に連れられて寮から出るとそのまま真っ直ぐ校庭のような場所に連れられた。他の生徒達も集まっているようで朝礼のような感じなのであろうと解釈していた。寮長は生徒たちとは別の場所で翠たちと共に居た。まだこの国に来たばかりで学校での所属も決まっていないからだろう。しばらくすると中肉中背の平たい顔の恐らく先生であろう男性が生徒たちの前に出てきてマイクのようなものを握った。
"Kaisa akia, alsasti. Lebi akianu yuesleone jaizi lutwu korxli'a-na noyaii asuka sakikata iwa amua-amuamo baibae moho."
先生の話を聞いて辺りはざわざわとし始めた。ほぼ分からなかった話でも翠たちを指したり、その言葉に混ざるリパライン語で何のことについて話していたのかは大体察した。集まる視線にエレーナは居心地悪そうにため息を付きながら身動ぎした。シャリヤが心配そうにこちらを見てくるものの、無言で視線を交わすことしか出来なかった。フェリーサはというとそんなことを微塵も気にしていないかの様子で寮長と小声で話して笑い合っていた。
"Iwa, sip'uige dipem jomor."
先生が手を叩いて空気を切り替えると生徒たちは身を正した。さっきまでは話をしていた寮長とフェリーサも姿勢を正していたから、翠やシャリヤ、エレーナも言っていることが分らないにしろ身を正さざるを得なかった。そんな風にしているうちに安っぽいラッパの音が校庭中に鳴り響いた。周囲を目だけで見渡すと、柱にスピーカーが括り付けられていてそれが音質の悪い曲を流しているらしかった。
"kapa e kile jo ka!"
流れ始めた曲に合わせていきなり場にいる皆が歌い始めた。歌っているうちにシャリヤが助けを求めるような目でまたこちらを見つめてきたが、どうしようも出来なかった。
"pi mi e ticot-ticot."
流れる聞いたことのない音楽と意味の分らない歌詞を頭と口で追いかける。翠たちは校歌か国歌か分らないような歌を恐る恐る目立たないように歌っているふりをしていた。
"toni cet mol jo auc pi"
曲調的に終わりそうな雰囲気が出てきたが、気を抜かないで曲に追いつこうとしていく。ユエスレオネの国歌とは違ってテンポがゆっくりなのが救いだった。
"takameku cecnutit a!"
最後の「ア」だけ、とてもはっきりと発音が出来た気がする。シャリヤも、エレーナも同じ感想らしかった。二人共、胸を撫で下ろすような表情でため息を付いていた。
先程の先生が再度マイクを口元に近づける。ハウリングの強烈な高音が流れると顔をしかめながらマイクの頭を数回叩いた。
"Lebi akianu korxli'aja ukuga matutunu fhanka gaa ukumo i aimar iwa yehor"
先生が言い終わると生徒たちは各々解散していってしまった。殆どがフェリーサが話していたアイル語のようなリズムでリパライン語の知識では細かいことは全く理解することが出来なかったが恐らく自分たちの紹介をしていたのだろう。しかし、これからもアイル語やタカン語、スルプ語で授業や会話が行われるのであればこの先が思いやられる。そう思ったが、校庭に混ざる生徒の中には数は少ないものの銀髪蒼眼のシャリヤのような容姿をした人間も居た。彼らはもしかしたらリパライン語を話せるのかもしれない。そうだとすれば学校のことは彼らに教えてもらうという手もある。
解散していく生徒たちの好奇の目が刺さったまま、寮長は翠たちに向き直った。彼は尚も顔に笑顔が張り付いていた。
"Mal, lecu miss tydiest lersse!"
シャリヤとエレーナはそんな寮長を見ながら無言のまま、ずっと心配そうな表情を浮かべていた。




