#200 アイル語とアイル人と
職員たちにレシェールが連れられた後、翠達は別の職員たちに誘導されながら、またもや裏口のようなところから施設の外へと連れ出された。日差しはユエスレオネよりも柔くなっている気がしたが、依然空気はじめじめしていた。真冬のようなユエスレオネから着の身着のままここまで来たわけだが、暑苦しくて堪らなかった。
シャリヤもエレーナも手で首元を扇いでいる。不快そうな表情からはそれが気休めにしかなっていないことがはっきりと分かった。だが、フェリーサ一人だけはむしろユエスレオネに居たときよりも顔に艶が出ているような気がした。
(そういえば、フェリーサの地元はユエスレオネじゃないんだっけか)
職員たちは止まっている白い大きめの車のドアを開いて入るように指示した。"lerssergal"に行くと言っていたということは寮制の学校とかに入れられるのかもしれない。
乗り込むとすぐに車は動き出した。暑苦しさに顔を歪めながらも後ろに座っていたシャリヤとエレーナは窓の外に流れる風景に興味津々だった。フェリーサはそれよりも運転手の方に注目が行っていた。さっきまで部屋で話していた職員と同じような服装を来ているが黙ったまま仏頂面で運転をしていた。
"Dipai-dipaimi bake mohor?"
"Chafi'ofese'd ai'rni noyhepne."
フェリーサは流暢に運転手と話していたが、その言葉は全くリパライン語らしくは無かった。確かに彼女の母語はリパライン語ではなくアイル語だったはずだ。運転手と話が通じているということはタカン人の国家 PMCFにはスルプ人の他に、アイル人も居るということなのだろう。フェリーサの過去の話ではアイル人の国家は滅びたはずだが、その難民たちもこのPMCFに逃げてきているのだろう。
そんなことを考えていたが、運転手を見るフェリーサの表情はとても怪訝そうに眉をひそめていた。
"Chafi'ofese'd ai'r?"
"I canair? Chafi'ofese'd ai'r, vefica, linest ols-mo PMCFge reae a."
話の細かいところまでは分からないにしろ、"vefica"が"vefise"に似ているところから見て、PMCFで話される言語のことについて会話しているのだろう。ただ、リパライン語ならまだしも全く別の言語の憶測がどこまで合っているのかは謎だ。こういうときはバイリンガルなフェリーサにリパライン語に訳してもらう他ないだろう。
"Felircasti, harmie coss lkurf?"
フェリーサは翠の質問を聞いて、我に返ったかのように震えてからバツが悪そうに苦笑いした。
"Edixa mi nun tydiestal misse'st no ler."
"Mer, mal wioll harmue tydiest?"
"La lex es icco xale mi'd icco."
フェリーサは郷愁を漂わせるような口ぶりで窓の外に流れる町並みを眺めていた。PMCFはタカン人の国だが、スルプ人もアイル人も居る。難民のアイル人にとっても小さい頃にここで暮らしていれば懐かしさも憶えるのだろう。
"Edioll co mol fal fqa'd icco?"
"Niv, edioll mi molal es chafi'ofese'd lanerme."
(あれ……?)
なんだか話が噛み合っていない気がしなくもない。フェリーサは翠の質問に怪訝そうな表情と否定の言葉で返した。故郷みたいな国とはいえ、住んでいたとまでは言えないのだろうか?
"chafi'ofese'd lanerme"と言っていたが、フェリーサと運転手の間の会話には"Chafi'ofese'd ai'r"と言っていたところから見て"Chafi'ofes"という名詞らしきものが共通部分として出てくる。"ai'r"は民族名なのだとしたら、"lanerme"もきっと民族名なのだろう。それでは残りの共通部分は何なのか。
"Chafi'ofes es harmie?"
"Chafi'ofes es...... parcdirxel zu lartass lkurf mal es parcax'i."
"Hmm, firlex......"
どうやら、"chafi'ofes"は宗教の一つらしい。国号なのだとすれば「神聖ローマ帝国」の「神聖」部分のような感じなのだろうか。地球でも宗教を統治原則としている国家なんてのはいくらでもあるのだから驚くに値しない。ただ、ユエスレオネが"fentexoler"と戦っているのであればフェリーサも元々はそのような宗教戦争に巻き込まれてユエスレオネに逃げ込んできたのだろうか?それにしてもPMCFとその国家の関係も良く分からない。この世界はまだまだ分からないことだらけである。
"Atasvia. Kisimmi amuama noyaii noyhep"
そんなことを考えているうちに運転手の職員がフロントガラスの先に見える建物を指差した。白く無骨な建物がユエスレオネの灰色の町並みを思い出させる。そんな建物に車はどんどん近づいていった。




