#177 嘘はつけない
"Mi's takang xale xel si pa si es tvasnker lipalaone fal cirla?"
シャーツニアーの質問にシャリヤは困り顔のまま、答えかねていた。
"Takang"という言葉には聞き覚えがある。何かと翠が書いた文字とタカン語は似ていると言われるし、人から"Co es takang'd larta?"と訊かれることも多い。ユミリアに行くように諭された学校にあった図書館にも"takangvirle"という名前が付いた本があった。
女性は答えをなかなか返さない自分たちに冷たい視線を投げていた。
文脈から見てタカン人にリパラオネ教徒は少ないようだ。
"Fi mi es takang'd larta, harmie leus co tisod eso niv mi'st tvasnker'ct lipalaone?"
シャリヤが困り顔をしている横から、女性に言葉を投げかける。恐らく当たり障りのない返し方だろうと思った。シャリヤも翠の発言を聞いて感心したようにこちらを見つめた。
"Fi co jel la ny luxul, mi nacees pa larta zu es niv tvasnker lipalaone, elx cene niv en fi'anxa'l."
話す相手のシャーツニアーは少し表情を緩めた。とりあえず、イェスカの教会とはあまり関係が無いと見てもいいだろう。困り顔だったシャリヤもシャーツニアーの言いたいことが理解できたからか、イェスカとの関係性が無かったということに安心したのかは分からないが体のこわばりが緩まったように感じた。
"la"の意味が分らないから不確定要素があるが、"ny luxul"が「不快」なのだとしたら、意味を反転させる前置詞の"ny"を取った"luxul"は「快い」の意味だろう。"en"は恐らく「入る」の意味だろう。
インド先輩もインドに住んでいた時にヒンドゥー寺院に何回か行ったようだが、時折ヒンドゥー教徒以外の参拝を禁止している場合があったそうだ。大半の場合は全ての参拝者を神官が隔てなく受けて入れているが、異教徒お断りの寺院ではいくらお願いしても折り合いが付かなかったという。
だが、それはそれ、これはこれであろう。この世界での敬虔さの基準が分からないが、翠にはシャリヤが敬虔なリパラオネ教徒に見える。そんな彼女が意気揚々と一緒にフィアンシャへと行こうと言ったのである。こんなところで止まっては居られない。
というか、こんなことはここに来てすぐ経験したことである。直ぐ側にいるシャリヤ自身がその時助けてくれたことは忘れていない。瞬間的にその言葉を思い出し、シャーツニアーに向かって言った。
"Xarzni'arsti, kantiergylistan lkurf ny la lex tirne? <Miss'd la tonir tast niv miss xale lartastanss.>"
シャリヤがシャーツニアーを説得した言葉、それをそのまま言った。昔より意味が理解できるように成ったとはいえ、まだ完全にわからない言葉がシャーツニアーにどう映ったのかは分らない。
シャーツニアーは"tirne......?"と呟きながら、驚いたように目を瞬いていた。しばらくすると翠の言ったことを理解したのか、こくこくと頷いて道を開けてくれた。
"Jexi'ert, jol co es tvasnker lipalaone. Nace fua notuleso coss'it...... Lecu mi karse feyl'i eskaala'l."
"Xace, plax."
シャーツニアーはシャリヤの返答を訊くと自分たちを導くようにしてフィアンシャの入り口の扉を開けて待ってくれていた。シャリヤが彼女の言葉にお礼を言ったということはどうにか自分が言った言葉は通じたということになるのだろう。会話の半分ほどしか理解することが出来なかったうえ、意味も理解できていないのに自分がリパラオネ教徒であると勘違いされてしまった。まあ、この場合切り抜けられたから良しとしよう。
"Lirs, mi jel eso ci'd lovim feat vazirju gelx deliu co tydiest kyrdentixti."
出入り口に差し掛かると、シャーツニアーはシャリヤの片足を指差して言った。心配そうに見つめる視線は彼女の挫いた方の足に向いていた。シャリヤはそんなシャーツニアーに微笑んでみせた。
"Xarzni'arsti, selene mi velbarle pesta la lex."
"Firlex, mili eskaj."
そういうとシャーツニアーはそそくさと奥の方へと行ってしまった。真横でシャリヤのため息が聞こえた。息が耳に掛かってくすぐったかった。
シャリヤに指されるがまま、フィアンシャの中へと向かう。長椅子と長机が並べられているところへ腰を下ろした。そこでやっと、そこがレトラのフィアンシャと左程変わらない内装であることに気がついた。シャリヤは2メートル近い長い布が突き当りに掛けられているのを見つめながら、懐かしいような表情をしていた。同じ方向を見ていると、シャリヤが右手を握ってきた。
"Edixa m'jel la site,......"
彼女は机を見つめていた。フィアンシャンの中はすごく静かで自分たちの他には礼拝に来ている人などは居なかった。だからこそ、安心した後の自分たちの空虚さ、寂しさが一層引き立てられて感じられた。




