#175 ルーリア祭
追っ手を巻くためにとにかく運転をしていたが、それにしても到着したここが一体どこなのか全く分からなかった。まあ、そもそもユエスレオネというらしいここの地理関係をほぼ理解していない状態で地名をいわれてもしょうがないということもある。一晩二人でバスの中で寝泊まりした。日の昇りかけたところで、起きて今日はそこから出てきて町を少し歩いたものの行くあてもなく結局町中にあったベンチに二人で座り込んでしまった。
一つ理解したことがある。それは、「ユミリアが死んだ」ということだった。大きめの建造物には誰が貼ったのかは分からないが何やら宣伝や広告のようなものが安っぽそうな紙に印刷されて貼ってある。昨日の今日で、バスを止めた路地の横にはユミリアの顔写真と"Edioll irfel jumili'a veles retoo!"と書かれた宣伝紙が貼られている。安っぽさのあまりフェイクニュースか何かかと思ったが、バスからシャリヤと共に恐る恐る出て人々の世間話に聞き耳を立てているとどうやら嘘ではないということが分かってきた。
シャリヤはずっと何かを恐れているかのように周囲を見渡していた。政治的に重要だったカリアホを殺したことで自分たちには重罪が掛けられ、追われているはずだろう。だが良く考えれば、不可解なところは色々ある。シャリヤはインリニアの刀を見切って防御し、更に攻撃に転じたがその動きには無駄が一切含まれていなかった。シャリヤが軍人であったなんてことは聞いたことはない。徴兵招集の時も十分な訓練時間があったとは思えない。更にカリアホに対して明確な殺意があったとも思えない。一部記憶が抜け落ちているあたり、謎は山積している。
"Deliu wioll hame miss sietiv fasta no?"
ぽつりぽつりと唇から言葉が溢れるように出ていた。シャリヤは絶望とまで行かなくとも難しそうな顔のまま、下を見つめて呟いていた。独り言の意味は良く分からなかったが、翠自身これらかここでどのように生活するのか見通しが立っていなかった。レトラでの暮らしは、レトラの仕組みで成り立っていた。だが、そこから出てしまった翠たち二人には衣食住のどれも保障されていない。シャリヤは学校から出る際に足をくじいていた。今はなんとか歩けるものの、時折痛がっている。彼女を病院に行かせたいものの一文無しではどうしようもなかった。
"Selene mi knloan kysen jujoj...... Cun, no es esil lurli'a'it"
今度はシャリヤは空を見上げて呟いた。相変わらず町の灰色に似合わない蒼とまばらに浮かぶ巻雲が良いコントラストになっていて長く見ていても飽きなかった。シャリヤが見上げるその目には、現実に縛られた自分と対比して自由な空を羨んでいるようにも見えた。銀髪蒼眼の少女と蒼と白の空、良く考えれば似たようなものだった。
シャリヤが言ったルーリアが何なのか良くわからないが、その時期になると食べたくなるものがあるということはなにか祭日なのかもしれない。
"Xalijasti, lurli'a es harmie?"
"Lurli'a es lipalain alve. "
シャリヤは夢を見るかのような変わり様で中空を見ていた。幸せそうに見る先に何が見えているのだろうか。自分にはその風景は分らない。だが、そんなシャリヤを見ていると"Alve"という単語が分からなくとも、それが彼女にとってどのような存在であるのか分かるような気がした。
"Alve es deln?"
問いを聞いたシャリヤは一瞬不思議そうに目を見開いて、そして目を細めて考え始めた。祭りというものは、何であれ何らかの呪術的なものが基底にあるとインド先輩が言っていた気がする。
"Alve es iulosta xale deln pa alve'd als es niv la lex."
"Hmm"
"iulo"に付いた"-sta"という接辞がどういう意味なのか良く分からないが、シャリヤは"alve"は儀式的な点もあるということが言いたかったのだろう。alveの明確な意味は良くわからないがここでは「祭り」としておこう。しかし、ルーリア祭が何を祝っているのか今ひとつ良く分かっていない。悲惨な現状にも関わらず、好奇心は次から次へと湧いてきた。
"Lurli'a mol fua harmie?"
"E mol fua harmie......hnn..."
シャリヤは左上を見ながら唸って考えていた。もしかしたら、ルーリア祭というは伝統的に開催されているだけで現代には意味は余り顧みられなくなってしまったのかもしれない。
"Loler fi'anxa tvarsna lurli'a ti pa lipalaone'd kantiergyl io mi m'akranti niv,......"
考えながら呟かれる言葉を一つ一つ聞いても、分からない単語が多すぎて理解できなかった。しかし、シャリヤは言っている途中で何かに気がついた様子で、目を見開いてこちらに顔を寄せてきた。何かを思いついた時特有の紅潮した頬と同意を求める瞳、その表情は宝箱を開いた瞬間のような一種の輝きをまとっていた。
"Cenesti, lecu miss tydiest fi'anxa?"
"Fi'anxa'l?"
いきなりの提案で面食らったが、シャリヤはリパラオネ教徒だった。以前も連れられてフィアンシャに行ったことがあるし、彼女は周期的にフィアンシャに行っていた。恐らく、週に一回はフィアンシャに足を運ぶように教典か何かに決められているのだろう。しかし、以前フィアンシャに行ってから一週間も経ってないのと、イェスカ・ユミリアの教会関係者がフィアンシャに関わっていれば自分たちは捕まってしまうだろう。
シャリヤを止めようとしたが、彼女はベンチから立ち上がって片足をかばうように少しづつ歩き始めた。さっきまで周りをあれほど気にしていたというのに大きな変わり様であった。
立ち上がってシャリヤに肩を貸す。彼女は"Xace"という代わりに彼女は微笑んでくれた。それなのに自分の中では複雑な感情が未だ渦巻いていた。
シャリヤは読書家だ。しかも、ここの住民だ。イェスカらの教会の影響を考えるなら、行かないのが賢明であることが分かっているはずだ。ならば、何か算段があるのだろう。しかし、その算段が何なのか。自分には全く分からなかった。




