#165 追憶
――党学校 教職員・倉庫棟
"...... neydosti,"
燃え盛る教職員棟の中で無事だったのは自分だけだろう。自分の綺麗な白銀色の髪に煤が付く前に脱出したかったが、崩れた教職員棟の中でどちらが出口なのかよく分からないでいた。
ターフ・ヴィール・ユミリア――私は、職員室を訪ねようとこの棟に訪れていた。いきなり教職員室側が爆破されたためにその願いも虚しく、今はボロボロに崩れた校舎を歩き回る状態になっていた。目の前が爆破されて無傷というのも面白い話だった。シェルケンは既に自分たちの動きを予知している。連邦議会に居る人間にシェルケンの内通者が居るとして、カリアホの失踪に翻弄する自分たちの行動はあちらにも流れていたとしっかり意識するべきであった。
"Carfeselve is sedot."
少しずつ歩いて進んでゆくと、外へ出られるような穴が壁に空いていた。怪我をしないようにゆっくりとその穴から外へと脱出する。脱出してから、外から見た校舎は酷く崩れていた。きっと既に避難などを終えているのであろう。周りに人の気配は無かった。
そんなことを思いながら、立ち尽くしていると通信端末がブザー音を鳴らした。
"Mien jumili'a lkurf liaxu."
"Salarua, irfel. Parcaxtersnif io notul larta l'es skurlavenija.inlini'a'd svizlatj veles karseo."
"Cirla io lkurf?"
訝しげに訊く自分に対して、秘書は"ja!"と頷いた。
ガルタと翠から別れた後ここに来る前に、秘書に旧政府に関係の有りそうなことを調べるように「インリニア」の名を渡しておいたのだった。名字がスクーラヴェニヤとは偶然だなと思った。スキュリオーティエ叙事詩の英雄であるユフィア・ド・スキュリオーティエ・ユリアの名字スキュリオーティエとスクーラヴェニヤは同祖なのだ。レシェールが言っていたこともあながち間違いでもなかったのだろう。
秘書は説明を始めた。
スクーラヴェニヤ・インリニア、ヴェフィス名での本名インファーニア・ド・ア・スキュリオーティエ・インリニアは旧政府軍務省が秘密裏に進めていたテクタニアー計画の被験者の一人だった。特殊な薬物を与え、ケートニアーでない人種をケートニアーにし、ウェールフープによる能力を強制的に得させることで戦力にしようとしたが薬物の副作用で多くが死んだ非人道的な計画であるテクタニアー計画の生き残りとして、インリニアとレトラの旧政府内通者であるフィシャ・レイユアフは含まれていた――ということであった。
"Cene co dira fqa?"
"Merc."
私は翠とガルタが何処に居るのか心配になった。インリニアの目的が大体頭に浮かんだからである。中空を睨みつけながら、端末を握る。
"En fhanka faixes fal fqa. E veles fastirso. Pa, shrlo fav es niv e'i el kylusil."
指示を聞いた秘書は何もいわないで肯定して、電話を切った。ユミリアは煤だらけの服で破壊されていない校舎へと向かった。
――党学校 屋上
"Co'st tisoderl es fafsirl."
"Ers e'i celde! lkurf niv fanxenj!"
屋上にいるのは四人だった。ヤツガザキセン、インリニアとかいうよく分からないヴェフィス人、カリアホ=スカルムレイ陛下、そして俺――ガルタ=ケンソディスナルだ。インリニアは興奮しているのか縛って膝立ちにさせているカリアホの長髪を掴んで無理やり立たせる。カリアホの苦痛に歪む顔に彼女は銃を突きつけた。ヤツガザキが混乱した顔で俺の顔とインリニアの方をきょろきょろと目を回すように見ていた。
インリニアを前にして俺は思い出していたことがあった。カリアホを連れてユエスレオネに来てからこの国の昨今の状況は調べ上げていた。革命の英雄イェスカとヤツガザキセンにまつわることは何回も聞いた。だから、このヴェフィス人の話を聞いていてその話に誤解が含まれているのだと気づいた。
"Fixa.leijuaf'i retover es niv jazgasaki.cen."
"Lkurf jardzankatta!"
彼女は一瞬腑抜けた表情をしたのちに、怒気を纏った顔にすぐ戻った。そこに説得できる希望が見えてきた。
"Jazgasaki.cen lapen ameles fixa.leijuaf fal retla. Edicy denul mol niv poltinsercela ci'dy melx edixa la lex veles jelo farl'liurdi'a'c zu penul dznojuli'o'd acen fecyst, varxle'd denul'tj ja. Varxle'd dysnesn io lex mol feucocar es dalle lusyl fixa.leijuafa'st fua retomeo. Ci reto acen fecystixy eten elmer at."
"......Ja, pa mal et at?"
インリニアは怒りと皮肉と無情さが混ざったような表情でこちらを見てきた。
"Farl'liurdi'a'd elmo io dznojuli'o'd elmerss'it valfarstenaineser es melfekasta fgir zu jarnacis merfedi'a fai vasperlkurfo. M'ers niv fynet famian, ers stienies famian. Ja, ja, fgir reto mi'd vioj."
インリニアはそこまで言い終えると呪詛を唱えるように"vaj"と言い続けていた。さすがのガルタでも恐怖を感じさせるような執着心があふれるようにインリニアの唇にあった。俺は何か言わなければならないという衝動に駆られた。カリアホを解放しなければ、未来はない。
そう思って、うつむいて姉に呼びかけ続けるインリニアの方をしっかりと目の焦点に据えて息を吸った。
"Senost inlini'asti, elm veles lususo. Fenxis co elm mag......"
"Barxondur iska!"
いきなりの動きに反応することは出来なかった。旧世界のガンマンさながらの俊敏な動きで銃声は後に聞こえた。銃弾が当てられたのは自分だった。
"Galtasti!"
ヤツガザキセンが心配そうに叫ぶ、これくらいは大丈夫だと思っていたが衝撃は強いものであった。廊下でやりあった黒ずくめのシェルケン程度の銃弾ではない。衝撃に突き飛ばされて、鉄柵にぶつかる。その鉄柵は俺の体重と衝撃を支えきれず、根本から床のコンクリートをえぐるようにして抜けた。手元にある銃はよく見れば対ケートニアー拳銃であった。
インリニアの勝ち誇った笑いが見える。気づいたときには体は宙に投げ出されていた。
"Iska lut xelkener......"
ふと出てきた言葉は空に飲み込まれて消えていった。




