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#162 原理派の刺繍


 爆発で発生した煙が晴れると、周りはよく見えるようになった。三人は車から一旦出て周りや車の状況について確認していた。野次馬達が我先にと言わんばかりに爆破した箇所に近づいていた。けが人も居れば、破壊された家もあるほどだ。しばらくすると白衣を着た医師達が医療箱を片手に掛けてきた。倒壊した家や爆破で倒れた木に巻き込まれた市民たちは怪我の手当をしてもらっていた。

 ユミリアの車が防弾仕様で良かった、さもなければあそこから運び出されるけが人よりも酷い状況に成っていただろう。ガラスが弾け飛び、顔や体を切り裂く。想像しだだけでもおぞましい光景だ。


 伝統衣装を着て投擲兵器を投げてきた少女は息も絶え絶えという状態だった。出血も酷いうえに、息も浅そうだ。もう長くはないだろう。


"Harmy co firlex fqa?"

"Xel ci'd farlea."


 ユミリアがそう言って指差したのは少女の血に濡れたスカートであった。"farlea"という単語はスカートを指すらしい。冷静に少女のスカートをよく見ると、スカルムレイのそれとは異なり刺繍されていた模様は異なるものであった。なにか文字らしきものが刺繍されているようだ。


"Ansumdis fo Sukarmrei an je ankor yethiakesnimir. Karam tektogan dim, yandis an ansum asrar fi tegomn h'itsu di bwins."

"Bwins. Bwins je'r."


 最後の息で喋ろうとする少女にガルタは話しかけていた。一体誰が差し向けたのだろうか。カリアホの国と同じ民族衣装なのだとすれば、敵勢力のハフリスンターリブとかいう人物自身だろうか。ただ、国家を二つも動かすような反体制派のリーダーがこんなにあっさり死ぬような人間とは思えない。こんな華奢な少女が、反体制勢力に雇われて、ただ民族衣装を着て襲いに来た傭兵とも思えない。


"Waiphisnar. Nem je Inrinia......"


 ガルタの質問に答えきると、少女の目は生気のないものになっていた。力は抜けて全身が魂の抜け殻というように地面に横たわっていた。


(インリニア?)


 怪訝そうな顔をしていたのは翠だけではない。ユミリアも、ガルタも「誰だかさっぱり分らない」という表情をして死体となった少女を怪訝に眺めている。だが、見るに堪えないと心が気づいたのか二人ともすぐに目を反らした。


 よく考えてみれば、インリニアは確かにヴェフィス語を母語と言っていたので「ワイフィス」という訛った言い方がヴェフィスを指すのであれば分からなくもない。

 彼女は最初にあったときに「シェルケンならよく知っている」と答えていた。シェルケンの授業の項目にもやけに詳しく解説をしてくれた。リパライン語を教えてもらった時には、彼女はカリアホの国の名前を言い当ててカリアホに何かを追求されて去っていった。そして、何よりもカリアホが居なくなった当日にインリニアは授業を欠席していた。

 シェルケンの内通者で、カリアホを狙い、翠に付きまとっていたと考えれば不可解なエンカウントも理解できる。十分にリパライン語が話せるのに初学者クラスに居たことは翠に付いてゆくカリアホを狙っていたからで、いきなり現れて共に食堂まで付いていってシャリヤに突っかかったのはカリアホと翠以外に自分の行動を悟られたくなかったからと考えると筋が通る。

 彼女の行動の全ては計算ずくめだったというわけだ。もしかしたら最初に出会った時に倒れてきて翠が胸を触ってしまったと思っていたのも、彼女が翠の警戒心を解こうとして故意にそうなるように行ったのかもしれない。ここまで来ると恐ろしいレベルだ。


"Qasti, Lecu miss tydiest lersseal'c."

"Co qune eso harmie'ct larta'st zu sties inlini'a?"

"Ja, Ci es lersseer fal fgir."


 質問したユミリアは綺麗なオッドアイを見開いて驚いていた。ガルタは怪しげに翠を見ていたが、ユミリアが"Lecu tydiest"といって車に向かうとそれについていった。彼らにとって学校の知人であるということは翠も疑念の対象になる。だが、少なくともユミリアは翠を戦争を止めた人間として信用している。大丈夫だろう。

 もしインリニアが本当にシェルケンの内通者ならば、未だに学校内に彼女が居るというのは、おめでたい思考かもしれない。しかし、彼女が居ようが居まいがその消息はある程度の情報がつかめるはずだ。


 ガルタに続く形で翠も車に乗ると、ユミリアは車を発進させた。道に倒れたままの少女の死体を道においていくのは、なんだか人道にもとる気がしなくもない。だが、少女の葬式なぞをしている場合ではない。カリアホが殺害されれば、更に多くの人々が死ぬ。

 発進する車の窓から見えた風景は複数の爆発で家が破壊され、木が倒れ、血が地面に滴るというものであった。二度と争いを起こさせないと心に留めた翠はフロントガラスの先を見つめていた。

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