#142 ぼーっとしていた
―フェーユ・シェユ トレディーナ 党学校
私は学校で音楽の授業を受けていた。今日の授業スケジュールではこれが終われば昼食休憩の時間が入る。この音楽の授業では、どうやら皆同じ楽器を使わなければならないというわけではないらしく、私とエレーナは楽器を選択しようとしていたところだった。
"Ci lirferren le loler blensa ja ti?"
"Ja."
隣のエレーナが遠くを見るような目で教室のざわめきを見ていた。
教室の隅で他の生徒たちに囲まれていたのは、あの部屋に一緒に住み着くことになったカリアホという少女であった。
今日彼女がはじめて教室に現れて、リパライン語が通じないという話は先生から皆に伝えられていた。このクラスにはあまりリパライン語を話すのが苦手という人間が居ないからか、カリアホのような人間が特別に見えるのか、いつの間にか常に彼女の周りには多くのクラスメイトが集まるようになっていた。
"Lipalain fagrigeciovernerfe blensa es juluftie xale fgir men ti?"
"Fal inistiltestan'd lartass tisod eso juluftie."
私の問にエレーナがそれらしい返答をしている。カリアホの方を見ると、琴のような弦楽器を選んでいたようでそれを持って特異な雰囲気を感じ取っているようであった。
"Lirs, ci klie lerj harmue? Jumili'a xici lkurf harmie?"
"Ci jostol niv la rotist. Ci anknish klie fqa melx jol jumili'a xici lus la lex fua elm. Edixa ci stales xelken'c ly mal jumili'a xici lkurf ny la lex. Fua tysneno fentexoler'd sysit l'es xelken, ci elx deliu mol fal fqa."
エレーナは私の答えを聞いて難しそうな表情で、目の前にある楽器を撫でながら見つめていた。
あの子が家に連れてこられた後、ユミリアから一応の説明を受けた。何処かの国の王侯貴族で、リパライン語も話せないが国内情勢の悪化の原因をシェルケンであると突き止め、連邦に直談判をしてきたということまでは知っている。でも、地上に王様が統治する国なんて残っていただろうか。疑問が残ったが、それ以上はユミリアは教えてくれなかったのだった。
他のクラスメイトにそんなことを言ってもしょうがないし、私が発端に彼女が他のクラスメイトから避けられるようになってしまったらどうすれば良いのか分からなくなってしまう。よく考えてみればあまりにも事が混乱していないだろうか。ユミリアが政府関係の人間にカリアホを任せないのも謎だ。翠と私の目の前には、何か大きな間違いが横行しているような気がした。
"Merc, ci qune niv lineparine ja? Hame co josnusnon xel ci?"
"Lirs, mi――"
言いかけて止める。弦の響く音が聞こえた。一つ、また一つ聞いたこともない音色が聞こえてくる。教室で話していた他のクラスメイトは黙ってそれに聞き入っていた。
長髪の黒髪女子、カリアホの手は目の前にあるラネーメ琴を撫でるように弾いていた。彼女の弾く琴から流れる音色はリパラオネの風味ともラネーメの風味とも合わなかった。リナエスト人は……その民族音楽がどんなものかはあまり知らないが、多分ラネーメに似たようなものだろう。とすると、彼女の民族音楽からは彼女が本当に遠い異国の?なのだろうということを感じさせてきた。
一通り弾き終わったのか、カリアホは深く息を吐いて琴を撫でた。そして、自分に集まっている視線に気づいて硬直し、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
"Edixa mi senost niv niesnustan!"
"Co set tesyl lot exea coppcett ja!"
"Klie misse'st staleuxesainerle'c plax!"
カリアホはいつの間にか周りのクラスメイトに引っ張りだこにされていた。たじろぎながら笑顔を返すか、短いリパライン語で答えることしかできないようだった。それでもクラスメイトたちは彼女を自分の演奏グループから逃すまいとしていた。
その様子を見ながら、私は何かよく分からない感情を抱いていた。違和感とも言い難く、ネガティブな感情でもない。ポジティブな感情でもなく、それが正常に感じるわけでもなかった。頭が上手く働いていない気がする。そこで起きている感情を自分の心に共鳴させるのではなく、起きていることを記号的に頭に受け入れるだけ。
"Xalijasti?"
我に返る。
私の呆けた様子を見ていたであろうエレーナは、こちらを見ながら心配そうな顔をしていた。その顔にはなにか起こってはならなそうなことを危惧するような、そんな心配がこもっていた。
"Elajarnerfen."
エレーナはその言葉を聞いて、少し怪訝そうな顔をした。
自分で言っていて、何が大丈夫なのかよく分からなかった。多分、エレーナに答えたのではなくて、この異様な感情を感じている自分に対して言い聞かせているのかもしれない。
だから、エレーナの目を見て、ちゃんと言った。
"Edixu mi tlest mi celx edixa set tesyl lot exea lia ci's."
エレーナの表情は少し柔いだ。