#135 ダラーワ
座って寝ると言ったとはいえ、起きた時には体中が痛かった。これくらいはどうということはないと思っていたのだが、慣れない寝方はやはり良くなかったみたいだ。
どうやら学校は今日、休みらしい。朝早く起きて、窓から大通りを見ても迎えのバスはレトラには入ってきていなかった。
"Salarua, cenesti."
リビングの椅子に座っているシャリヤが鉛筆を持ちながら、こちらに挨拶をする。窓から差し込む朝日が、彼女の銀色の髪の上で遊んでいる。蒼玉のような瞳がこちらを親しみを込めた笑みと共に見つめていた。孔雀色のチュニックに銀髪が映えて、良く似合っていた。
"Salarua, xalija."
"おはーよぅ?"
シャリヤが少し茶化すように、日本語を喋ってくる。笑顔で返すと、シャリヤも笑顔になってくれた。
発音はまだまだ訛っているが、挨拶を覚えてくれているのはなんだか嬉しい。以前からシャリヤに日本語を少しづつ教えている。まだまだ、文章を言えるようなレベルではないが、挨拶だとか単語だとかをところどころ使うような場面が増えてきた。今日が休みなのであれば、今日もシャリヤに日本語を教えても良いだろう。
"Mal, Harmie co es e'i fal no?"
鉛筆を持ったシャリヤの目の前には紙が何枚か広げられていた。リパライン語が書かれているのだろうと思って、そのうちの一枚を手に取った。
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'c'i
nll pom2
krz f0 f5+4@
fi f0 2 xylo malkrz xx halt
krz f1 f0
nta f1 1
nta f5 4 krz f5@ f1
nta f5 4 inj f5@ xx pom2 ata f5 4
inj f1 f5@ f0
nta f1 1
nta f5 4 krz f5@ f1
nta f5 4 inj f5@ xx pom2 ata f5 8
ata f0 f5@
ata f5 4
krz xx f5@
l' halt
---
リパライン語かと思いきや、その内容は全く何も分からなかった。リパライン語というより、どうやら記号が並べられているようだ。シャリヤは目を細めて"co firlex?"と訊いてきた。
"Fgir es 2003f'd noner. Mal, sysnul io mi letix lasvinielet mal elx deliu mi tydiest krantjlvile'l."
"2003f......sti? Ar, sysnul io deliu co tydiest krantjlvil?"
シャリヤは翠の質問を訊いて、"Ja"と答えた。
2003fが一体何なのかは良く分からないが、どうやらこの記号がずらずら続いている文章は、学校で学んできたことに関係しているらしい。テーブルに広げられた紙の横に学校の校章が載った一冊の本があった。表紙の上側に"ferlesylirlberrgiurle"と書いてある。もしかしたら、2003fとかいう何かに関係する者なのだろう。
シャリヤは紙を丁寧にまとめて、クリップで止めると本と一緒に横の椅子に掛かっていた青いポシェットに入れた。椅子から立ち上がって、ポシェットを肩に掛ける。口角を下げて、悲しそうな様子だった。
"Nace cenesti, selene mi lersse nihona'd lkurftless fal sysnul at pa......"
申し訳なさげにシャリヤは言った。それだけ、日本語を勉強したがっていたのだろう。
宿題が出されているのか、予習をしないと追いつけない授業なのか良く分からないが学校に関係する用事があるのなら無理に呼び止めることはできない。だが、そこまで時間が掛かる事でもなければ、あとで少しだけでも教えられるはずだ。シャリヤも多分、すぐにやるべきことを終わらせて帰ってくるはずだ。
"Lecu miss lersse nihona'd lkurftless pesta fgir."
"Ja!"
シャリヤは満面の笑みで頷いた。忘れ物がないか、身の回りを確認したのちにテーブルにあるペンを取ってポシェットに突っ込んでハミングしながら玄関から"Salarua!"といって出かけてしまった。大分上機嫌そうで何よりである。
(問題はこの二人だが。)
今日からこの部屋で一緒に住むのはシャリヤだけではなくなった。一人は、全く言葉の通じないカリアホ・スカルムレイという少女。そして、もう一人は少しはリパライン語が分かりそうなガルタ・ケンソディスナルという青年だ。良く分からないが、このカリアホという娘はシェルケンという組織に追われているらしく、イェスカの妹であるユミリアに面倒をみろといわれたわけである。
当のガルタは、ぐーがーといびきをかいて目の前で寝ている。美麗という概念を結晶化させたような存在であるシャリヤに対して、この男は粗野さを具現化したような人間だった。
"Salarua, galta.kencodisnalasti, co mol?"
ドアのノックと共に聞き覚えのある感情の少ない声が聞こえた。玄関の方に早足でよって、ドアを開けると栗毛色の短髪の爽やかな青年がそこに居た。
"Skurlavenijasti, salarua! Xace fal fgir'd liestu."
"...... Als es niv. Mal, galta xici mol fal fqa?"
翠の感謝の言葉に対してミュロニユは表情一つも変えなかったが、少し間をおいてそう答えていた。"Als es niv"が何なのか良く分からないが、もしかしたら"xace"に対する礼儀正しい返し方なのかもしれない。良く分からないが、この人の雰囲気はつま先から頭まで礼儀正しさで溢れている気がする。
どうやらガルタを呼んでいるようであった。そのガルタさんは、そこでぐっすり眠っている――と伝えようしたが、これ以上他人に部屋に入られるのもなんだか嫌な気がしていた。面倒だが起こそうと思い、後ろを振り返った。
「うわっ!?」
振り返った真後ろに真顔のガルタが居た。真顔なのか、寝惚けているのか髪がぼさぼさのまま、ぼやくように"hamae mis juhklasa husfa?"と言いながら頭を掻いていた。
ガルタは翠の肩に手をやって、押しのけるようにミュロニユの前に出てきた。横暴なガルタの行動を見てもミュロニユは表情一つ変えなかった。もはや怖いレベルで表情が変わらないんだが、表情筋が消滅でもしたのだろうか。
"Salar, tal skurmy."
"Sties niv mi'd fonaloa malt elx shrlo lkurf niv jyrusonj yrgok'it."
ミュロニユは無表情のまま、ガルタを確認すると手元にある鞄から書類を取り出して何やら書き込みながら、何かを命令文で言っているようだった。ガルタはそれを訊いて苛立たし気に舌打ちをして、そのまま玄関に脱ぎ捨てた靴を無造作に履いた。
"Lu jumili'a lkurf mels emcolisveso......"
"AR, firlex! Mi es niv selun zu deluses nistafontlese'd als."
ミュロニユの説明口調が気に入らなかったのか、ガルタはミュロニユを軽く突き飛ばした。ガルタとミュロニユが噛み合わない会話で声が離れていくのを後に、開けておくものが誰も居なくなった玄関のドアは自然に閉まった。
(なんだったんだ?)
一体何だったのか良く分からないが、シャリヤもガルタも居なくなってしまった。面白みもないが、こういう日は単純にリパライン語を勉強するのに最適な日でもある。どちらも何の用で出かけていってしまったのか、分からなかったのは自分のリパライン語力の低さに原因がある。もっと、語彙を覚えて理解できるようにならないといけない。
そんなことを考えていると、誰かが後ろから服を引っ張っている感触を感じた。




