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#127 フェリーサ・メソッド


 授業終わりで廊下にたむろする白銀と濡烏色の頭を避けながら、翠はやっとのことで中庭を見つけることに成功していた。ここを通過すれば補習クラスの敎室まで行くことが出来るはずだ。

 中庭のベンチには一人、女の子が座っていた。彼女の美しい長髪は腰まで伸びている。天井の無い中庭に差し込む陽光に当てられて美しい黒味を見せている。ぽつんと居るその姿は中庭のなかで自然に溶け込んでいた。

 生徒はきっとわざわざたむろして話すために中庭まで来ないのだろう。だからこそ、ああいった大人しそうな子の憩いの場になっているのだろう。ああ、三日目にしてこの学園の内情が分かってくるとは。地球も異世界も大体同じとすれば、ここにも異世界転生したい人間が学校に通いながら人生に疑問を抱いているのだろう。世の中、世知辛いのじゃあ……。


(しかし、奇妙だな……)


 ベンチに座っている女の子の服装は他の生徒の制服とは異なり、独特だった。縦の模様が入った赤みがかった上着を着て、赤茶色のスカートが膝下までを覆っている。大きくゆったりした袖は手首の周りでたらりと落ちていた。スカートにはひし形のような模様が刺繍されている。上着もスカートも生地に光沢が無く、伝統的な重さを感じる服装だった。

 女の子はベンチに座りながら、空を見上げて虚しそうな顔をしている。何か困っているのか、見上げたままため息をついていた。


(助けてやりたいものだが。)


 人助けに時間を取られて、初回の授業に遅れでもしたら、ただでさえリパライン語が分からずに会話に手間取っているのにさらに面倒なことになってしまう。

 話しかけられない限り、素通りする他ないだろう。


"Tar...... tar zan man......"


(話し掛けられるのかあ……)


 目の前を素通りしようとしていたところ、少女に目を付けられて普通に何かを言われてしまった。その上、面倒なことにこの子もどうやらリパライン語を母語としていない子らしい。ここではよく母語でまず話し掛けるということがされているのだろうか。

 日本ではあり得ないことだ。英語でさえ、話し掛けられれば逃げてしまう人が多いし、意味不明な言葉で話せば「母語が出てるぞ」と茶化されることもある。

 ここのように外国語を融和的に受け入れるところもあれば、日本のように外国語の存在を恐れるところもある。フランス人に英語で話しかけてもフランス語に誇りを持っているから冷たい対応をされるというのは有名な話であるし、ロシア人は英語が苦手という話もある。真偽はどうにしろ、国や地域によって外国語に対する意識というのは様々だ。当然ではあるが、考えてみると興味深いことだ。


"Aam naa he yumiria ansum wee ven je?"

"Jumili'asti?"


 聞き覚えのある単語が知らない言語の語りの中に混ざっている。ユミリアといえば、イェスカの妹で教会を受け継いだターフ・ヴィール・ユミリアのことを言っているのだろうか?直感であのオッドアイと銀髪の特徴的な顔が頭に浮かぶ。

 それとも、こんな少女が権力の中枢である教会の頂点と繋がりがあると考えるのも早計だろうか。同名の別の人物のことを指しているのかもしれない。先生とかの名前だとしても、自分には良く分からないが。


"Mi qune niv jumili'a pa co es fqa'd lersseer?"

"Winestenorna...... Garta ikaphupna wee di."


 女の子はしょげて、下を向いてしまった。美しい黒の後ろ髪が数本肩を超えて垂れた。

 助けようにも、言葉が通じないことには何も分からない。非母語話者向け補修クラスが始まる前に教室に着かなければならないし、とりあえず彼女も連れて行ってみるといいのかもしれない。そこの先生なら、リパライン語が通じない人に対する接し方を分かっているかもしれない。


"Mi'd ferlk es Jazugasaki.cen. Ja zu ga sa ki . ce n -esti."


 最初に翠とシャリヤが出会ったときも確かこんな感じだった。まず、お互いの名前を知って、お互いの言葉を探り始めた。翠でこそインド先輩のうんちく話で溜まった知識でリパライン語と戦うことができた。しかし、万人にそんな知識があるわけではない。全くリパライン語を話せないならそれなりの接し方を考える必要がありそうだ。


"...... Aam matin amn nem thiiodis? Am je Kariaho=Sukarmrei."


 翠が自分を指して名前を連呼したことで分かったのか、彼女も自分を指して名前のような単語を言っていた。どうやら彼女の名前は「カリアホ・スカルムレイ」というらしい。しかし、どっちが姓で、どっちが名なのだろう。インリニアの一件から、姓と名は必ずしも順番が一定しないということが分かった。


"Deliu mi sties co harmie'c faller kariaho ad cukalmlei?"

"raa....."


 女の子はまた俯いてしまった。コミュニケーションが取れていないことに悲しみを覚えているようだった。

 ふと気づいて、自分が考えていたことを思い出す。彼女はやはり全くリパライン語が分からないらしい。それなのにリパライン語でづらづらと言葉を連ねても理解できるはずがないし、嫌になってしまうだろう。こうなったら、とりあえず専門家に引き渡すほかない。

 翠は少女の手を取った。顔をこちらに向ける少女に出来る限りの笑顔を見せる。


"Lecu tydiest!"


 フェリーサ・メソッドというのはある程度融通の利く方法なのかもしれない――そんなことを思いながら、翠は非母語話者向け補修クラスの敎室に向かった。


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