#126 スクーラヴェニヤ・インファーナイヤ
"Mal, Lecu miss lersse mels xelken. Selene co nun fhasfa?"
"Ar......"
暖かな陽光が窓から教室に差している。レトラの大規模徴用後から続く相変わらずの陽気は、昼寝には良いが授業中となると邪魔にしか思えなかった。座らされている翠の目の前ではチョークを持つ帯剣少女が誇らしげに胸を張って翠のレジュメを見ている。現状理解できることは、彼女が無い胸を張っていることだけだ。何度でもいうぞ、ステータスだ。希少価値だ。
状況がよく分かっていないが、整理すると図書館で女の子に倒れかかられて胸を触ってしまい、授業のレジュメを見られて強引に教室に連れ込まれて、今無人の教室でこの帯剣少女の授業を聞かされようとしているという状態になっている。
教室には自分と彼女以外には誰も居なかった。恋愛シミュレーションゲームで言えばよくあるベタなシチュエーションにも思えるが、おかしいのは目の前に立っているのはつい数分前に自分に剣を向けた人間だということだ。
"Panqa io co'd ferlk es harmie?"
"ferlkesti?"と帯剣少女は片方の眉を上げた。なんだろう、お互いを何も知らずに教え合おうとしているのだろうか。
"Mi'd ferlk es jazugasaki.cen. Deliu hame mi lkurf co."
"Mi'd ferlk es Infenia de ats Skyliautie inlinia. Jazgasakisti, plaxci co lu."
"plaxci co lu"と言ったところで、彼女は手を差し出してくれた。どうやら、握手というのはこちらの文化圏にもあるらしい。手を掴み返すと清々しい笑顔を返してくれる。その姿があまりにも爽やかすぎてリパライン語で答える言葉までしばらく頭から消え去っていた。
"Mal, infarni'asti, lecu kanti mels xelken."
「インファーニア」と名前を呼ぶと、彼女は一瞬で顔を赤くした。俯いて、"Jazgasakisti......"と呟いた。どうやら、酷く恥ずかしがっている様子だった。
そういえば、「インファーニア・ド・ア・インリニア」というと今まで見てきたリパライン語の名前と少し形式が違いそうだ。今までのリパライン語名は"Ales.xalija"だとか"Hinggenferl valar lirca"とかのように二から三単語で構成され、「姓 名」の順番だったはずだ。"Hinggenferl valar lirca"の"lirca"が名前だとして、"valar"はなんなのか良く分からないが、"valar lirca"と呼ぶ人は居ないので苗字に近い扱いなのだろう。
インファーニアの方は、もしかしたら逆で"Infenia de ats Skyliautie inlinia"のうち"Infenia"が名前で、"de ats Skyliautie inlinia"が姓なのかもしれない。初対面で名前を呼ぶのはあまり良くないのかもしれない。
"Jazgasakisti, shrlo sties mi <inlini'a>'c."
"sties?"
暫くしてから、彼女が赤みが抜けた顔色でこちらを見てくる。自身を指差して教壇から身を乗り出すようにしてこちらに近づいてくる。
"Mi sties co <jazugasaki>'c. Shrlo e'i es xale la lex."
"Ar, ja."
"sties"という単語は、「~と名前を呼ぶ」という意味らしい。つまり、彼女が要求していることは自分を「インリニア」と呼べ、ということらしい。そういえば、ヒンゲンファール女史も自分のことを「ヒンヴァリー」と呼べと言っていたし、この異世界の人間にもいろいろな言語があるだけでなく、それに対応した名前の形式にも色々なものがあるらしい。地球でさえ、英語がどこでも通じるなんてご都合主義世界じゃないわけで、ここでもそういうことなのだろう。
インリニアは持っていたレジュメを翠に返して、チョークで黒板に文字を書き始めた。
---
Xelken
-MPhil.1999 io veles lazzijao.
-Xelken kantet cesnerto'c penul lineparine.
-Fhasfa'd terso es ystestunuce.
---
得意げな顔で書き終えて、インリニアはチョークを置いた。書いている間、楽し気に書いている表情が忘れられなかった。書き終わった後も彼女は黒板に書かれた字を横から見て惚れ惚れとしている様子であった。
機嫌が良いならそれはそれでいいのだが、一つ問題があった。
(読みづらい……。)
翠は既にリパーシェ文字を読むことはできる。読むことはできるのだが、インリニアが書いたリパーシェ文字は酷く癖があった。ところどころ、読めるような読めないようなところがある。
"Inlini'asti, co'st kranteerl'i akrantio mi's es snietij......"
"Cene niv co akranti lineparine?"
"Niv......"
間延びした否定語にインリニアは黒板の前で頭の上で疑問符を浮かべているような表情をしていた。
"n? e fiflaes."
チャイムが鳴った。この時間に鳴るということは、非母語話者向け補修クラスの前の授業が終わったことを示すチャイムなのだろう。
インリニアは、いそいそとバッグを持って教室を出て行こうとしていたが、何か言い忘れたことがあるかのように、こちらに振り向いた。
"Salarua. Wioll mi mak kanti."
"Ar, er......"
インリニアがそそくさと教室から出で行くと敎室は全く静かになってしまった。
(振り回されて結局復習できなかったな……)
バッグを取り上げて、授業のレジュメなどを整理してから補修クラスの募集要項を取り出す。書いてある敎室を確認するとどうやらここからその敎室までは学校の中庭的空間を横切っていく必要があるらしかった。
「よし行くか……。」




