#106 Mal, lecu liaxi kelux
レトラの街の空は皮肉なほどに陽気に晴れていた。
日を受けて、いつもは灰色の街もさまざまな色彩を放っている。車のオリーブ色が酢漬けされる前のオリーブのようにみずみずしく、壁の灰色は暖かな陽光にあてられてほんのりオレンジ色に色付いていた。
状況が状況なだけに街が陽気に見えるのが苛立たしくてならなかった。シャリヤを軍役から解くためにはイェスカから情報を得るということがまず一番最初にすべき行動だと思っていた。ただ、そのあとどうするかは全く考えていなかった。そもそも、イェスカがこの街のどこに居るのかも良く分からない。だから、とりあえずイェスカの教会関係者であるヒンゲンファールにイェスカがどこに居るのか訊きに行こうとしているところだった。
"Jazgasaki.cenesti,"
いきなり後ろから呼び掛けられて驚いた。振り向くと、そこにはイェスカが居た。カーキ色の軍服とワンピースを合わせたような服装を来て、腕を組んで路地の角に背をもたれていた。
"Lecu miss knloan baneart? Co fenxe baneart?"
まるで馬鹿にしているような態度に怒りで唇を噛み切りかけた。今の"S fenxe baneart"は二重に意味を掛けている。「家族が死ぬ」ことと、話の流れで「バネアートを出すこと」だ。お前の家族は死ぬ――そういうことを冗談で言っているのだ。
イェスカは首を振って呆れ顔でこちらに近づいてきた。そして、翠の顔を指さした。
"Co'd feg es xale retover larta'it."
「は?」
意味不明な言葉についつい日本語で反応してしまう。
イェスカの表情は真面目でも、楽しんでいる様子でもなかった。どちらかというとシャリヤに似た茫然自失さが歩いて喋っているような雰囲気だった。起こっている事情を聴くには心許ないが一応訊けるだけ訊いておかねばなるまい。
"Harmie co celes elmo xalija'st."
"Ers fua issydujo mi'st morsa'c xale alefis."
言っている意味が分からない。アレフィスといえばリパラオネ教で信仰対象にされている神の名前だが、そんなのがいきなり出て来るということは寓喩で話されているということだった。当の本人はそんな言葉を選んで、話しているわけでもなさそうだったが、不誠実な話し方にどんどん怒りが溜まって来た。
イェスカの肩に掴みかかって、揺さぶる。
"Lkurf. Harmie co es e'i xale fqa."
"Selene mi qune eso co'st laver lap ol else'ct. Fqa'd unde mi'd keluxal cix yst ferl."
"Mi firlex niv, firlex niv!"
語彙力の無さでイェスカの話していることがさっぱりわからない上に、目の前の人間が正気で話しているのか分からず、ストレスが溜まって半狂乱状態だった。一度頭を振って冷静さを取り戻す。
イェスカはといえば翠を待つように言葉を止めていた。言いたいことはまだありそうだが、こちらとしてはこれ以上分からない言葉を言われたら永久的狂気になってしまうような気がしていた。
"Co elm fentexoler. mi qune mal firlex. pa, xalija es niv vynut fua elmo. Fi ci veles retoo fal elmal, cene niv mi ny reto! Plax, lecu niv derok ci."
翠の必死の懇願にイェスカは嗜虐的な笑みを浮かべた。罠にかかって暴れている動物を嘲笑うような、そんな雰囲気を浮かべていた。
"Mal, mi tisod. Fi co klie mi'd lertasal, elx lecu niv xalija elm."
"なっ……"
イェスカは笑みを潜めてさらっと言い放った。そう思ったら、翠の反応が面白おかしかったようでこちらを指さして笑っている。腹を抱えて、笑うその様を見ているだけで奇妙な状況がどんどん飲み込めなくなっていっているのを感じていた。だが、一つだけ分かってきたことがあった。
(最初からその目的で……)
イェスカが前々から何の目的かは知らないが、翠を彼女の教会に居れようとしていたのははっきりとした事実だ。翠は結局シャリヤの気持ちを汲んで教会に入らないことを決心していたが、その言葉はフェリーサなどに聞かれていた。フェリーサか、協会の関係者がイェスカにこれを報告して、イェスカはこれに先手を打とうとした。
つまり、翠が自分の元に文句を言いに来ると分かっていて、シャリヤに召集令状を出し、シャリヤを人質にして翠を教会に入れようという考えだったということだ。シャリヤが翠にとって大切な人間だと分かっていて、それを》した。
"Ar, deliu mi lkurf panqa. Xalija elm fal finibaxli. Deliu co jeteson tisod klieo ol retoo xalija'it."
「明日だって……?」
翠が気付いた時には、イェスカは立ち尽くしたままの翠を置いて、路地に入って何処かへ行ってしまった。なんとなしに、逃がすのも惜しいと思って追いかけようと思ったが足がすくんで動けなかった。




