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#104 召集令状


"Ci mol fal fqa pa...... ar...... "

"pa?"


 軍服男の声色は少し苛ついているようだった。翠の答え方が、曖昧だったからそれに対して何かを疑っている様子だった。それにしてもシャリヤは今、奥の部屋の中で着替えている途中だ。「着替える」とか「部屋」とかいう単語が言えないから面倒なことになっている。


"Fqa io ci es...... fqa'i.Ar, fi co jel vynuto'c, mi lkurf lkurferl co'st......?"


 必死にジェスチャーで着替え中であることを伝えようとした。語彙力が無ければ他の記号で伝えようとするまでである。


"Niv, deliu mi xelon lkurf fqa fal no."

"A, mili!"


 翠の努力もむなしく、男は真顔でどかどかと家の中に入ってくる。翠が指した戸の方へ向かって、ジェスチャーの一割も理解されなかったのだとしたらそれはそれで酷く悲しい出来事だが、次の瞬間もっと面倒なことが起きていた。


"kjaw!"


 無慈悲に軍服男にドアを開けられた先でシャリヤが突然の出来事に驚きを隠せない様子で固まっていた。無意識的な防衛本能でも働いたのか、固まったままシャツ一枚の下の方を手で押さえて、何とか下着を隠せているが白色の形の整った彫刻のような太ももを隠せてなかったり、下を引っ張っているせいで胸元がきわどいところまで見えていた。シャリヤはそのまま顔を真っ赤にしてベッドの方に座り込んで黙ってしまっていた。掛け布団を体に巻き付けてみのむしのようになっている。

 これはこれで可愛いが、申し訳なさに駆られて直ぐに目を逸らした。しっかりとこいつを止めていればこういうことにはならなかったのだが、というか俺は全力を以て止めようとしたが、この軍人がシャリヤ・翠共住共和国に進駐してきたのが問題なのだ。無理やり入って来て、この軍人正気か?――そう思って、回り込んで男の顔を見ると何一つ表情に変化はなかった。


(不気味だ。)


 直感的にそう思った。寒気さえした。女の子のあられもない姿を見た男の反応というのは二種類で慌てふためくか目福目福と目に焼き付けるかだ。その両方でもなかった。シャリヤを確認すると無駄な動作一つなく、バッグから書類を漁り始める。じっと中空を見つめて、一枚の書類を引き出すとシャリヤに向けて一枚の紙を見せつけた。


"Lertasal fecyst ler co l'es ales.xalija'l niss lkurf deroko mels elmer."

"Derokosti......?"


 シャリヤは何が聞こえたのか良く分からない様子だった。蝋燭の模様が、蝋が溶けるので消えて塗りつぶされていくように真っ赤だった顔から血の気が抜けて、何も考えられていないような表情になっていた。

 彼は何といっただろうか?もう一回頭の中で分かることを整理してみる。"elmer"は動詞"elm"に派生語尾"-er"が付いたものだ。"deroko"は動詞"derok"の動名詞形だ。例によって動詞の派生形は名詞を取ることができるので"derok"の格組「-'sは-'iをmelsとして雇用する」を参照して、"deroko"の後についている"mels elmer"が取られていることが分かる。つまり、"deroko mels elmer"は「軍役召集」のような意味だろう。"lertasal"がシャリヤを戦わせようとしているということだろうか。


"Co es ci'd relod?"

"Merc, ers xale fgir......"


 シャリヤは瘧に罹ったように下を向いて震える。可哀想でならなかった。そんな彼女の前で男は淡々と質問してきた。表情に感情がこもってない様子なのはなるほど、そういうことかと理解できた。つまり、このように召集令状を命令された通りに配って驚き、悲しみ、苦しみ、叫びを多く聞いてきた心労の表れなのだ。そうやって仕事を続けているうちに、心の防衛本能が働いて全てがどうでもよくなってしまう。この男はそういうものだったのだろう。


"Mal, letix fqa fua co."


 男が自分にも紙を渡してきて、驚いた。まさか自分にも召集が掛かっているかもしれないとは微塵も思っていなかった。しかし、よく見るとその紙に書いてあることはシャリヤのそれとは違うものだった。数字と文章が並ぶ紙はまるでソフトウェアのインストーラーに見せられる利用条項のようなものだった。


"Mi es skurlavenija.myloniju. Harmie co mol mal elx cene co lkurf mi'd ferlk fal fqa. Salarua."


 ミュロニユと名乗った男は、翠に手渡した紙の端に描かれた数を指さした。"120.324 xancan-daps, skurlavenija.myloniju"と書いてある。数値は電話番号にしては数が少ない気がした。

 ミュロニユはそのまま家から出て行こうとしていた。最後に聞いておかなければならないことがあった。


"Mili, mylonijusti."

"Harmie?"


 ミュロニユは振り返り無表情でこちらを見てくる。半開きの戸から入って来た光が栗毛色の整った髪を照らす。呼び止められたことに微塵もイラついてないあたり、去り際に暴言を吐かれるのにも慣れているように見えた。


"Deroko es harmue'd lertasal ler?"


 瞼が少し動いた。素っ頓狂な質問をする奴だという雰囲気でこちらを見てきた。


"Ers lu Jeska'd lertasal. Co qune niv lu?"


 ミュロニユは答えたのちにドアを閉めてそのまま去って行ってしまった。部屋には台風が去った後の街のような心持の自分と憂鬱な表情のシャリヤのみが残っていた。

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