12.ありえない事
「・・・・・・ジーク様ですか?」
習慣のように屋敷に姿を見せた殿下にお茶に誘われた私は、ここは私の家よね? と疑問抱きつつそのお誘いを受けざる得なかったが、唐突にジーク様の事を聞かれて、思いっきり首を傾げた。
屋敷に滞在しているからと言って、監視しているわけでも四六時中その姿をみているわけではない。
答えようもないことを聞かれた私は、瞬きをしながら殿下へと問い返した。
「うん、まあ、深い意味はないんだが・・・・」
歯切れ悪く言葉を濁す殿下。
深い意味がないなら、聞く必要などないだろうと心中で毒付くが、しょんぼりと肩を落とし暗い空気を纏う殿下を前に、私は途方にくれそうになる。
一体なんなんだと、チラリと扉の前で控えている殿下の護衛に視線を送るが、無表情の護衛に目配せしたところで何が返ってくるわけでもない。
本日も、護衛の躾がよろしいようで。
諦めた私は、護衛から視線を殿下に戻し口を開いた。
「ご覧通り、ジーク様の行動を逐一知っていわけでも、把握しているわけではございませんのよ? 私もそれなりに授業なり色々予定が詰まっておりますので、お答えしようもありませんわ」
「そ、そうだね・・・」
「・・・・・・」
一体何が言いたいのかさっぱりなんだが。
この沈黙に耐えられそうにないと、コホンと一つ咳をして殿下に向き合った。
「ですが昨日は、ジーク様と剣で手合せをしたのです。 でも、また引き分けでしたの」
「・・・・・・リーシャ・・・・また、手合せ・・・ジークめ・・・」
ボソボソと何か言っているようだが無視を決め込んだ。
「もちろん手加減はしていただきましたけど、魔法の使い方がまた更に上手になっておられましたよ? 殿下は最近、ジーク様とお手合わせしました?」
「いや、最近は・・・・そういえばしていないな」
やっと話が続いたと内心、ホッとした。
そのまま、同じ話を持っていくことにした。
殿下は炎と氷に2属性であり、結構な魔力の量をもっているため、一度手合せをお願いしてみたが、きっぱりと断られた事がある。
女性には、剣等向けられないとなんとも解釈しずらい回答をもらったことがあった。
戦争になったらどうするんだ!
女性騎士にも剣を向けないで戦うつもりなのかと、愚問したい気持ちもあったがなにせ平和な国である。
女性騎士がいないわけでも、女性魔法技師がいないわけでもないのに。
殿下の考えは少し古いと心の中で毒付く。
「けがはしていないのかい?」
「手加減してくれておりますので、怪我などしませんよ? でも、体を動かすと気分がスッキリするので殿下もたまには、お手合わせしていただきたいと思っておりますのよ?」
「ははははっ。 俺はダメ」
大げさに両手を振る殿下に、残念そうな態度をみせてみれば 「絶対剣等向けれないから」 と、笑って返された。
――――― その貴方様に剣を突き付けられ、命を落としたことがありますのよ?
表面上、微笑みを向けながら物騒な言葉を並べたてる私は、殿下を恨んでいるのだろうか。
複雑な心境を保ったまま対面していているが、時折どす黒い感情が塊になって口から出てきそうになる。
決して溶けることはない塊を、いつまでも抱いていてはいけないとも思うし、反面この塊は私の理性を保つものかもしれないとも思うのだ。
だだ、気を抜けば恨み節が口から出てしまいそうになるから、殿下と対面する時間は、短ければ短い方がいい。
殿下もお忙しい身なので、紅茶を一杯飲むだけの時間しかない時もある。 紅茶一杯だけなら屋敷に来る必要もないのではと思うが、殿下はその一杯が貴重で憩いの時間だと言う。
そう返されれば、何も言うことは出来ないから始末が悪い。
「殿下もご存じでしょう、私はそれなりに使えますのよ?」
「俺はリーシャがすごいと思っているだけで、剣や魔法で打ち合いたいとは思っていないんだよ」
困った顔をする殿下は、私をどう捉えているのだろうか。
魔力があろうと、決して表舞台に立つことはない女性達は手厚く保護され、魔力を維持するために結婚しその子孫を残すことが重要とされ、国外に出る事さえ禁じられる世の中だ。
私もその一人。
光の属性など貴重であり、4属性の持ち主など珍しく大変重要な人間になる。
「殿下は私に負かされるのが」
「いや! 違うから負けるなんて思って・・・」
「くすくすくす」
前髪をクシャクシャにして、頭を抱える殿下は、私がからかっていることに気づいたのだろう。
眉を下げ困った笑みを浮かべた。
「よしてくれよ、リーシャ・・・」
「殿下が私に負かされるなどこれっぽっちも思ってはおりませんが、そんなこと試してみないとわからないものでしょう?」
「だから、いやだ」
「あら、子供みたいに駄々こねますのね」
「いやいや、子供はリーシャだろう? 俺より2つも下だし!」
「まあ? 年齢は関係ないと思いますけど?」
「いや、まあそうなんだけど、あーもうっ! 勘弁してリーシャ」
「降参でございますか?」
「手合せはしないけど、降参だよ! 降参!」
「残念ですわ」
でも時にはこんな時間もあってもいいかも。
たまにはくだらない話に花を咲かせてもいいでしょう。
たとえ殿下の気持ちが手に取るようにわかっていても、決して口に出すことも確かめることもしない。
私は絶対に溺れない。
惑わされない。
決して心を支配などされない。
扉を叩く音がして、控えていたノアが対応すれば、返答もなしにジーク様が居間に入ってきた。 殿下は眉を下げサラサラした黒髪を書き上げる。
何も言わないのに、空いている椅子に勝手に座ると、殿下を見て大きなため息を吐いた。
いや、なぜ?
「レオン、お前来てたのかよ」
「先に聞いてるだろ! お前こそ戻ってくるなよ! そのまま国へ帰れ!」
「はっ! お前にいわれたくねぇよ! お前こそ城へ帰れ!」
「なにをっ! お前に言われなくて時間になれば帰るんだよ! 家出するようなガキじゃないしな」
「なにをぉ! 俺のは正当な理由なんだよっ! お前は暇さえあればここにきてんじゃねえか」
「はっ。 時間は自分で作るものであって誰かに迷惑をかけてまでこないよ! お前のように!」
「なんだと! やるかっ?」
「ああ、いいとも。 最近手合せしてないしな、いいよ? いつやる?」
顔を合わせるたびに憎まれ口を叩き合うのはやめてほしい・・・・・。
仲が良い証拠だと思うが、内容がくだらなすぎて非常に残念な気持ちになる。
お互い国は違えど王子と言う立場なんだから、政治やたとえばお互いの国の理になる話をしようとは思わないものか・・・・。
どちらの護衛も困っているではないか。
上に立つ者は下の者にも気を使わないと・・・・・とは、思わないだろうな。
「んじゃ、決闘だ!」
「おおなんじゃ! お前に決闘なんてできんのかよ!」
「馬鹿にするな! これでも毎日訓練しているんだ!」
「たかが訓練だけで強くなっ」
「お二人ともおやめなさい!」
人の家で、しかも人の目の前でくだらないとしか言えない会話のやり取りに切れた私は、淑女あるまじき大きな声を張り上げた。 びっくりする二人の王子は、あほ面まるだしのような顔をした。 口をポッカンと開け、眼球が飛び出しそうなくらいに目を見開いて。
「喧嘩するのであればこの屋敷から今すぐ出ていきなさい! それともたたき出してあげましょうか?」
手の平に小さな竜巻を作り始めると、水晶で作られた大きなシャンデリアがカツンカツンと音を立て、ふわりと私の銀の髪が舞い上がり、カップを鳴らしカーテンを揺らす。
「「・・リ、リーシャ、ご、、、」」
「この屋敷の決まりを忘れたわけではないでしょうね? 父や兄達がいない今は私がこの屋敷の主ですわ、おわかり? それとも母を呼んできましょうか? それともロイドがよろしいですか?」
「「いいえ! ごめんリーシャ」」
二人は膝に額が付くくらいに一斉に頭を下げたが、私の気持ちが治まらない。 「お、お嬢様」 とノアが呼んでいるが、竜巻は大きくシャンデリアを揺らしていた。
「お嬢様」
「「げぇ」」
王子二人は、カエルのような声を出し後退した。
・・・・・・・・ロ、ロイド!
低く唸るようなロイドの呼びかけに、一瞬にして風は止み、血の気が引く。
ギギギギギとブリキの玩具のように顔を向ければ、扉からロイドが眉間にしわを寄せ立っていた。
死神君臨。
「ロ、ロイド・・・」
扉の前にいた王子達の護衛二人は何処へ行ったのかと思えば、扉から10歩ほど離れた場所に直立不動。 ノアは引き攣った顔したまま硬直したように動かない。 いや、動けないのだろう。
扉の前からロイドが音も立てずに歩いてくるが、 威圧感半端なく、思わず椅子の後ろに逃げてしまった。
「お嬢様」
「は、はい」
この声のトーンの時はかなり怒っていて、背筋がピンと伸びる。
「わたくしはむやみやたらに魔法を開放しないといつも伝えておりますよね?」
「ごめんなんさい。 もうしませんから」
「いいえ、旦那様から重々に申し付かっております、お嬢様が言いつけを守らなければ」
「ごめんなっ」
「待ってくれ、ロイド俺が悪いんだ!」
目の前に飛び込んできたのは、漆黒の髪。
えっ? と言う間に銀の刺繍を施された白いシャツが目の前に広がった。




