13.乱心
「俺がふざけて挑発に乗っただけで、リーシャは全然関係ない、むしろ止めてくれただけなんだ! リーシャを罰するなら俺にしてくれ」
両手を広げ、私の視界は白一面であり、少し上をみあげればサラサラとした漆黒。
茫然と立ち竦む私に、プルプルと体を震わせる殿下。
「リーシャは何も悪くない! 悪いのは俺たちだ!」
殿下の項から、一筋の汗が滲み出ていたが、両手を左右に広げロイドを威嚇する決して広くはない背中。 それを追い越すロイドの身長は、後ろにいる私の目にとらえることが出来るのだった。
殿下を無言で見下ろすロイドの表情からは、感情を一切読み取れず、足元から冷気が上がってくるようで背筋がブルっと震える。
半端ない威圧感と無言の圧力に、押しつぶされそうなのは私だけではない。
目の前に立ちはだかる殿下も、ロイドの恐ろしさを知っているから余計だと思うが、なぜ? と疑問がわき出てくる。
庇ってほしいなど思ってもいないし、庇ってくれるなんて誰が思うだろう。
「お、俺が・・・・」
と、どこからかパチパチと火花が弾ける音が聞こえてくる。
ムワッとくる熱風が殿下の周りを囲んでいるかのようで、思わず息を呑む。
「で、でんか?」
炎天下に照らされた時と同じようなジリジリと肌が焼ける熱さに、これはまずいと思った瞬間、私は椅子を蹴りあげ殿下の背中に飛び掛かった。
「ぐえっ!」
”ゴン”
ヒキガエルとつぶしたような奇妙な声と共に、ゴンとぶつかる音。
殿下の背中にしがみ付いた私は、あれ? 熱くないと首を傾げた。 背中から感じる体温だけだ。
あれ、気のせい?
「お、おいリーシャ、レオンがつぶれてるぞ」
慌てて駆け寄ってきたジーク様に、目を見張るロイド。
ギョッとして腕を突っ撥ねれば、再び殿下のヒキガエルのような鳴き声。
私は、殿下を押しつぶしたらしい。
「きゃー! 殿下申し訳ございません!」
背中から飛び降り、殿下の横に回り込めば私が後ろから飛び掛かったせいで、殿下はテーブルに額をぶつけていた。
そしてついでに鼻から血を出していた。
「ロイド、タオルを、ああ、申し訳ございません殿下」
ポタリポタリと指の隙間から血を流す殿下は、曇った声で 「大丈夫だから」 と言ってくれるが、それどころではない。
咄嗟に光の魔法を展開しようとおもったが、涙目になりながら、首を振る殿下に応えるように頷き、クッションを敷き詰めた長椅子まで護衛が誘導した。
私から飛び掛かられても、大切な国の王子が鼻血を出しても慌てない護衛は、頭の位置は大丈夫ですか? など冷静な対応をしている。
もう、あっぱれ。
いいのかそれで?
いくら命令されているからと言って、王子に対しての対応酷くない?
貴方達きちんと仕事をしなさいな!
いや、罰は受けたくないからそれでいいのだが、なんとなく納得いかない。
悶々と考えている間に、洗面用具やタオルがすでに用意されていた。
頭を高く上げタオルで鼻を抑える殿下は、 「ロイド、これで罰もお叱りもなしだからね?」 と、目を細め、今まさに処置をしようとしていたロイドに言い放った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・仕方ありませんね」
たっぷりと時間を置いたロイドの返答に、殿下は笑う。
「ですが、お嬢様は後でお説教です」
「ええっ? いま、」
今、説教時間は解除されたのでは? の問いは見事に遮られ無視された。
「淑女たるものが殿方の背中に飛び掛かるとは何事ですか! 今まで何を勉強してきたのでございますかね? 淑女なるものはどんな時も常に冷静であれ、いかなる時でも取り乱してはいけません。 それを小貴女様は冷静を事欠きドレスの裾を乱すなどなんとしたものか」
濡らしたタオルで殿下の汚れた顔や手を拭きながら、ほんの少し怒りの籠った口調で説教を始めるロイドに、殿下は 「いや、ほら俺が魔法のぼうそ」 と言いかけて睨まられたのだろう。
一瞬だけ私にへと視線を向けて、口を引き結んで目を閉じた。
すまない、諦めてくれ。 との視線だろう。
私はガックリと肩を落とし、ヨロヨロと椅子へ座ろうとしたが、 「そこではありません。 そこに正座をしていなさい」 と、部屋の端へと向けらロイドの指先を見つめた。
「馬鹿だなリーシャ」
ジーク様は、ニヤニヤしながらヨロヨロと横を通り過ぎる私に向かって小さく呟いた。
反論したい言葉を飲み込み、睨む事だけにした私は偉い。
こうなれば、ロイドは止まらない。
殿下の鼻血が止まり、着替えに部屋を退出した後も続き、しまいには 「鼻血の王子を初めて見たー」 と一人はしゃぎ大騒ぎしたジーク様も巻き込んでの、説教演説会になったのだった。
ノアと護衛二人の憐れんだ顔は、忘れないだろう。
殿下、本当に申し訳ございませんでした。
ロイドには長時間説教をされ、精神はクタクタ、足は痺れを通り越して感覚がない事態に陥った私は、気力を振り絞り謝罪をの手紙を書いていた。
ロイドに説教されていた間に、王城へ戻ってしまった殿下に謝ることもできなかったからと、ほとんど私から送ることなどない手紙。
またすぐ屋敷に訪問するだろうから、その時でなんて気持ちにもならずに、洋紙の前で云々と唸りながらも謝罪の言葉、一行しか書けていないのだった。
また、遊びに来てください。
など、ハッキリ言って書きたくないので また、屋敷に来たときに改めて謝罪させてくださいに変換と・・・・・・。
あーだこーだ悩んでも、インクは渇くばかりでため息を何度もつく羽目になる。
傍に控えていたノアは、色々と考えてくれたが私が否定するので最終的には無言になってしまい、居心地が悪くなって追い出してしまったから、アドバイスをくれる人が誰もいなくなった。
後悔しても後の祭りだと、羽ペンを放り投げた。
私って文章力ないの?
いやいや、そんなことはないだろう。 感想文なんてお墨付きを頂くくらいの評価はいただいている。
謝罪だけ書いて送っては駄目なのだろうか?
・・・・それだけでは、失礼すぎるのよね・・・・・。
「あーもう、殿下が庇ったりするから・・・・・」
って、八つ当たりではないか。
それこそ失礼だ。
なんで庇ってくれたのだろう。
いや、殿下は元々正義感の強い人だったし、曲がったことも嫌いな人だった。
口が多少荒いのは、きっと兵士達の訓練に参加したり、下の兄の影響だと思うが公式な場ではきちんとしているのだろうとは思う。
屋敷以外の場所で会う事など王妃様へ御呼ばれした時くらいなものだから、その時かわす言葉など形式ばった挨拶程度なのだ。
この屋敷の中みたいに気安く声を掛けあえる場所ではないし、王城では誰が見ているのかわからないから、私は十分に注意しているつもりだ。
いらぬトラブルに巻き込まれたくないが為。
正直、庇ってくれたことは驚いたけど、少し嬉しかった。
ほんの少しだけだけど・・・・・。
あの死神を前にしたら足が竦んで動けなくなるのに、殿下は真っ先に駆け寄ってくれた。
感情のコントロールが乱れたので、魔力が暴走するきっかけとなり、鼻血が・・・・。
いや、飛び掛かった私が悪いのだけど。
「・・・・・・嬉しかった・・・・かも・・」
あーダメダメ。
私は米神を親指で抑え、目を閉じ高鳴る心臓を深呼吸して平常に戻るよう努力する。
自分の中は一杯一杯な状況なので、気持ちが高ぶっているだけだ。
うん、そう。
庇ってくれたことと、謝罪の気持ちだけを手紙に書こう。
深く考えてしまえば、きっとそれに引きずり込まれてしまう。 頭をブンブンと振り雑念を払い書きかけの便箋を捨て新しい便箋を引き出しから取り出した。
「うん、それでいい」
放り投げた羽ペンにインクをつけ、出来るだけ丁寧に文字を走らせた。
レオンアルバード・シェル・クレール殿下
昨日は大変申し訳ございませんでした。
深くお詫び申し上げます。
その後、痛みなどありませんか? 本当に申し訳なかったと思います。
そして、庇ってくれてありがとうございます。 殿下。
アリーシャ・ルナ・ダグラス
「・・・・・文章力はないかも・・・」
もうどうとでもなれと言う諦めの気持ちも含め、便箋を封筒にいれ封をして机の引き出しにしまった。
朝の段取りを組みながら、ランタンを消し静かに窓際へと足を進めカーテンを開いた。
とても静かな夜だ。
大きな月が真っ暗な空に凛として静かに輝き、星さえも呑み込んでいる。
屋敷も静寂に包まれ、海だけが月の光を浴び、息をしているかのように波を打っている。
「おやすみなさい、(・・・)」
口には出さない。
一瞬、頭に浮かんでしまった人の姿をかき消すように深く息を吐いた。
翌日、早々にノアに殿下宛ての手紙を渡せば興味津々としていたが、まさか四行しか書いてないなど言えるはずもないので笑って誤魔化した。
その数時間後、真っ白い花束とお菓子と一枚の便箋に文字がびっしりと書かれた殿下の手紙を受け取って、また頭を悩ますことになったことはここだけの話だ。




