ミファルを呼ぶ
朝までしっかり寝ていたせいで、寝付けないと言い出したアルテミシアを魔法で無理やり寝かしつけたところで俺も限界がきた。
すぐには見つからなくとも一応警戒しておくべきだし、見張りくらいはしようと思っていたが、眠くてそれどころじゃなかったのでミファルに任せた。
そして、夜。
異臭ーー様々な臭いが混ざり、もはや何の臭いなのか分からない臭いがしてきて、俺は目を覚ました。
「ミファル」
「何ですかぁ、主様?」
「この臭い、何?」
よくぞ聞いてくれた、とばかりの笑みを浮かべるミファルを見て、俺は嫌な予感がした。
ミファルがこういった笑みを浮かべるのは、大体何か余計なことをした時だからだ。
それは、案の定的中した。
「暇だったのでぇ、ここをコソコソ探ってた人達を殺しておいたんですよぉ」
「……何してんだお前は……」
俺の堪忍袋はよく耐えたと思う。
寝起きからこんな話を聞かされて、よくまあ怒らなかったものだ。
それでも失望や落胆などが混ざった溜め息は抑えられなかったわけだが、それくらいは許してほしい。
「お前さ、そんな事したらどうなるか考えなかったの?」
「主様に褒めてもらえます!ですよね?」
ブンブン振られる尻尾を幻視するくらい、上機嫌に頭を差し出してくるミファル。
俺はその頭に手をやり、無言で力を込めた。
「……」
「あ、あれ?主様?撫でてくれないんですか?……ちょ、強いです、力強すぎます!潰れちゃうから!頭潰れちゃいますから主様ぁぁぁぁぁ!!!」
骨が軋むような音が聞こえてきたところで、俺はようやく手を離した。
「ミファル」
「……あ゛い、何でしょう主様」
「お前が殺したやつらは、十中八九俺らの様子を見に来ただけだ。証拠に、誰も乗り込んではこなかっただろう?」
斥候というか見張りというか、そんな感じの連中だろう。
実際に見たわけではないが、寝ている部屋に敵が入り込んできて気づかないほど腑抜けた覚えはないので断定しておく。
「確かに、全員私が出向いてヤってきました」
「何故わざわざ出向く」
「もちろん、暇だったからです」
体を反らし、その大きな胸を見せびらかすように胸を張るミファル。
俺はその残念っぷりに頭痛が堪えきれなかった。
「……俺、見張りを任せたよな?暇潰しに殺せなんて言ってないよな?」
「見張りって変な人がいたら即殺せってことじゃないんですか?」
「ちげえよ。てかお前暇潰しって言っただろ」
「そんなこと言いましたっけ?」
ダメだこいつ。
俺はこれ以上の問答を諦めた。
釈迦に説法、馬の耳に念仏。
ミファルの頭に常識なんてものを求める方が間違っていた。
ふりなのか、それとも本当に自分の言ったことを忘れたのかは分からないが、俺は話を変えた。
「とりあえず、さっさとここから出るぞ。お前が殺したやつらから連絡が来ないってなれば、何かあったってすぐ気付くだろう」
そうなれば、数人じゃきかない人数がここに殺到してくるだろう。
せめて誰の手の者なのかが分かればよかったんだが……。
「ミファル、記憶は?」
「……忘れてましたぁ」
どうせこんなことだろうと思った。
俺は溜め息をついて、アルテミシアを起こしにかかるのだった。
◇
「クソ、遅かったか」
小屋を囲うようにして集まってくる気配を感じ、俺は吐き捨てるように言った。
数十人、いや百人は越える数。
これでは迂闊に外に出ることもできない。
「どうしますか、氷川様?」
気配を感じているわけではないだろうが、それでも何となく良くない状況だと分かるのだろう、不安げにアルテミシアが問いかけてくる。
一人でならどうとでも出来るが、アルテミシアがいる以上は力をセーブしなければならない。
できるだけ手の内は明かしたくないのだが、そうするとここに籠城する以外に取れる手段がない。
今のままでは八方ふさがりだ。
「……仕方ない。ミファル」
「ミファル……?」
俺がミファルを呼び出すと、アルテミシアは怪訝そうな声を出した。
「はーい、主様」
「ええっ!?誰ですかこの人!というかどこから出てきたんですか!?」
唐突に現れた人の姿に、驚きの声をあげるアルテミシア。
それを完全に無視して、俺はミファルに命じた。
「俺たちを隠せ」
「……いいんですか?」
ミファルはやけに厳しい目でアルテミシアを見る。
そこにはいつもの残念天使の姿は無く、主のために警戒を怠らない従順な僕の姿があった。
「問題ない」
「本当に?」
「ああ、柚子希のお墨付きだ。……それともお前は柚子希を信用出来ないとでも?」
「いえ。それならよかったぁ」
語尾を伸ばし、また残念な雰囲気を出すミファル。
以前のミファルがどんなやつだったのか、久しぶりに思い出す一幕だった。
「それじゃあ、【闇に潜む者】」
トプトプ、と足元の影が音を立て、俺たちを飲み込んでいく。
まるで影に捕食されているように見えるが、これは歴とした魔法の一種だ。
遺失属性と呼ばれる、失われた属性の一つ、闇属性。
その、下位の魔法がこれ。
【闇に潜む者】ーー闇があるところであれば、どこでも溶け込むことのできる魔法である。
「な、何ですかこれ!?気持ち悪い!」
闇には実体がないので空を掴むような感触しかしない。
そのくせ本能的に嫌悪感を抱くものだから、気持ち悪いと思うのも仕方ないだろう。
「……」
だからといって、それを使った当人の前で言うような事ではないと思うが。
ミファルは珍しくコメカミを引くつかせていた。
「いいから黙ってなさい。じゃないと貴方だけ放っぽり出しますよ」
「は、はい!ごめんなさい!」
ドスの効いた声で脅され、アルテミシアは口を手で押さえる。
動きが小動物チックだな、なんて呆れていると、不機嫌そうな表情をまるで隠さずにミファルが近づいてきた。
「……私は彼女のことは信じていません。柚子希様は別ですけど」
ーーだから、警戒することもやめない。
アルテミシアに聞こえないように囁いてくるミファルに、俺は軽く頷いて返した。
ミファルが見張るとかいう下らない事を考えてしまった私の頭はきっと末期なのでしょう。