狂信者の国に入国する
「着いたな」
「着きましたね」
数日後、俺たちは何事もなくグランエジオ神聖国に到着した。
何となく眺めてみるが、カルジェナ王国と同様に城壁で囲まれているので、中の様子はよく見えない。
グランエジオ神聖国の話を聞いたからなのか、それは外敵から身を守るためではなく、まるで民を逃さないための檻のように見えた。
「ま、ここに骨を埋める気はないし、いざとなればまた逃げればいいか」
「何の話です?」
「何でもないよ」
思わず口をついて出た言葉に、耳聡くアルテミシアが反応する。
それを適当に誤魔化して、俺は門で入国手続きをするために早足で歩いた。
「あ、すいません」
「何だ?入国か?」
「はい」
「そうか。では、まず身分証明書を提示してくれ」
「分かりました」
俺は鞄の中から身分証明書を引っ張り出す。
『E級冒険者』と書かれたそれを、門番に手渡した。
「ほう、冒険者か」
「ええ」
「珍しいな、何の用があってこの国に来たんだ?言っちゃあ何だが、ここは冒険者が来るような国ではないぞ?」
それを門番が言うか。
吹き出しそうになったが、それを何とか堪えて曖昧な笑みを浮かべた。
「まあ、色々と事情がありまして」
「ふむ。あまり詮索はしたくないんだが、これでも一応門番だ。せめて害がないのかくらいは解らんと通してやれんぞ?」
「そうですね……」
何と言おうか、頭の中で考える。
俺は別に何かをしようとは思わないが、俺たちを襲ってくるやつらが穏便に済ませるとも思わない。
そういった意味では国に害をなしてしまうのは間違いないので、どうにか誤魔化しきるしかない。
「……まあ、強いて言うなら観光ですかね。あまり他の国を見て回った事がなくて」
俺は当たり障りのないことを言って誤魔化すことにした。
嘘は言っていない。
ただ、他の国を見てどうするのかとか、俺にとって他の国とはこの世界の国全ての事だとかを言ってないだけだ。
「観光だな、分かった。じゃあ、後はこれに触ってみてくれるか?」
「うん?これは何ですか?」
「あー、説明は後でいいか?とりあえず触ってくれ」
「分かりました」
見覚えのない青白い珠を差し出され、困惑する俺。
いかにも怪しげで出来れば触りたくないのだが、これで断ったら恐らく入国は出来ないのだろう。
渋々、しかし態度には出さずに従った。
「……それで、これに触ってどうすればいいんですか?」
「ああ、ちょっと俺の質問に答えてくれりゃあいい。もちろん触ったままでな」
「はい」
「それじゃあ聞くぞ。……ここに来た目的は?」
「観光です」
「噓偽りはないか?」
「はい」
じっ……と珠を見つめる門番。
やはり何かの仕掛けがあったんだな、と思っていると、真剣な表情を緩めた門番が笑いかけてきた。
「よし、問題なしだ!」
「そうですか。それで、この珠にはどんな仕掛けがあったんですか?」
「あー、やっぱりそれくらいは察してるよな。……実はな、これを持つと嘘がつけなくなるんだ」
「それは凄いですね」
それが本当なんだとしたら、だが。
「まあ厳密には、嘘をついているかどうか分かる物なんだがな」
「なるほど」
「持った人間が嘘をつくと、珠が赤く発光するんだ。凄いだろう?」
「そうですね」
得意げに話す門番の男を見て、作ったのはお前じゃないだろうと言いたくなる。
「まあとにかくそんな訳だ。もう通ってもいいぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
「気を付けてけよー」
そう言って俺を送り出した門番に軽く頭を下げて、スタスタと門を通り過ぎて行く。
少し進んだところで座るのにちょうどいい切り株があったので、そこに腰を下ろしてアルテミシアが門をくぐるのを待つことにした。
「そういえば、あいつ身分証明書ってもんてんのかな」
門番と話しているアルテミシアを眺めながらふと思う。
王族としての身分証明書は当然あるだろうが、逃げ出してきた身でそれを出すのはアホのすることだ。
ただでさえこの国に入国する人間が少ないのだから、俺たちがこの国に来たであろうことは簡単にバレる。
だというのに、更に余計な証拠を残していくのはありえないだろう。
「……あ、来た」
そうこう考えている間に、アルテミシアも入国手続きが終わったようだ。こちらに向かって早足で歩いてくる。
……こういうときでもやけに姿勢が良いことと、決して走ったりしないことは尊敬できるな。
今に限って言えば、そんな印象に残るような事しないでほしいと思うけど。
『貴族とか、育ちの良さそうなお嬢様が冴えない男と二人で旅をしている』なんて風に門番に覚えられてしまいそうだ。
今更だし、言って変えられるような事でもないから言わないが。
「すみません、お待たせしました!」
「いや、そこまで待ってないから気にすんな」
これってデートの時の定型句じゃ……なんて事を考えながら、先ほど気になった事を早速アルテミシアに聞いてみる。
「ところで、アルテミシアは身分証はどうしたんだ?」
「えっと……」
「まさか馬鹿正直に王女ですとか言わなかったよな?」
何故か一瞬躊躇ったアルテミシアに、焦って問いかける俺。
もしそんな事をしていたら、一刻も早くこの国からも出なければいけなくなる。
しかし流石にそこまで気が回らないわけではなかったようで、アルテミシアは横に首を振って答えた。
「馬鹿じゃないんですからそんな事しませんよ」
「ならいいんだが。……それで、どうしたんだ?」
「もちろん偽の身分証を出しましたよ」
それいいのか?
堂々と犯罪行為に手を染めた事を告げるアルテミシアを見てドン引きする。
「……犯罪者」
「まあそうですけど。……でも逆に聞きますけど、王族が何も法を犯していないと思いますか?」
「それでいいのか為政者の娘……」
偽の身分証を作っておくことはある意味自衛のためでもあるし、貴族なら誰でもやっていることだ。
別に不思議でもないし、むしろ当然だと思う。
……だからといって、それを平然と口にするというのは、いくら何でもまずいだろ……。
アルテミシアの迂闊さを目の当たりにし、本当にこのまま無事に旅をしていられるのか不安に思うのだった。